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ポクポク木魚No.24  Googleヒット 1200件!!

ポクポク木魚
 Googleヒット
 1200件!!

 先日、インターネットの検索サイトで、なにげなく「専称寺 多久」のキーワードを入れて、検索ボタンをポチッと押したら、何と1220件もの専称寺の関連ページが表示されて、驚いたことがありました。ご存じかとは思いますが、インターネット上での「検索」とは、そのページにキーワードと同じ言葉がある場合に、表示するものです。つまり「専称寺」と「多久」が共に同じページにあるものが千二百件もあるということです。まぁ重複をのぞいても、だれかが数百もの専称寺についての文章、写真を公表していることになりますね。「いやはや」な時代になりました。

 「検索」サイトはこの時代にもう必要欠くべからざるものになっています。住所や電話番号に始まって、辞書、百科事典、地図、カタログ、新聞、週刊誌……。ちょっとした調べ物であれば、すべてこの検索サイトで間に合います。また、少しでも名が知られている人なら、個人名でも膨大なデータを得ることができます。(間違いもかなりあって、これまた「自己責任」です。プライバシーも調べられて、怖い時代でもありますね……)Google(グーグル)とか、Yahoo!(ヤフー)とかの言葉を聞いた方も多いと思います。

 表示されたサイトで、一番驚いたのは、インターネット上の百科事典といわれるWikipedia(ウィキペディア)に「多久 専称寺」があったことですな。誰かが、専称寺のことを調べて、百科事典に書き込んでくれている。百科事典といっても、専門家が書くわけではなく、ある一定の制限はあるものの、だれでも調べて書き込むことができるサイトです。その他、「専称寺の大ツツジ」とか「核割れ梅」、「少弐墓地」など観光でこの寺を訪れて、その感想を書き込んでいただいているサイト、地図のサイト、法事やお墓相談サイト、住職の活動紹介などなど、様々な記述を発見しました。

 専称寺のホームページ(http://www.senshoji.jp/)を開設して、六年になります。これまで六千件以上のページビュー(専称寺のサイトを訪れた回数)があって、毎日誰かが、お寺のページを参照してくれていることになりますね。これまたオドロキです。

 確かに、情報を得ることは、前では考えられないほど簡単になりました。都市であれ、多久のような田舎であれ、端末さえ目の前にあれば誰でもアクセスすることができる時代になりました。しかし、しかし、今日マスコミは、闇サイトで知り合った三人が殺人を犯し、死刑判決がでたと報じていました。天使も悪魔も、善も悪も、この娑婆世界と同じようにまるごと包み込むこのデジタル空間とどうおつきあいしていくか、まだまだ、時間がかかるような気がしています。(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:43 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No.23 ゆい工房

ポクポク木魚

ゆい工房

 「ゆい工房」という名の、市民ボランティア団体のお手伝いを、ここ数年続けています。会の立ち上げからずっと、あれこれ、夜七時から中央公民館の片隅で会議みたいなものに参加して、六年近くなるのでしょうか。

 多久市は、今、人口の急減、高齢化の急激な進展などに悩んでいます。人口がわずか22462人(十一月現在)、高齢化率(65歳以上)が26・0%という寂しさ。市町村合併に乗り遅れて、市の予算は減るばかり、またJR多久駅前の寂しさ(駅舎は新しくなりましたけど)といったら覆うべくもありません。うーん。

 そんな中、元気が出る活動はないかと、頭を絞ったのが、「市民大学」と銘打った活動。まぁ自治体の社会教育事業でできない民間大学といったところでしょうか。スタッフは、東京でデパートのバイヤーをやっていたUターン組の中央公民館長さん、印刷会社の社長さんに、老舗の造り酒屋が衣替えした和食屋の社長さん、市の課長補佐連、PTA仲間の奥様たち、トウの立ったチューネンばかり集まり、「時代遅れ」の村おこしをはじめました。

 初年度は、多久聖廟にちなみ「中国大祭」とタイトルを付けて中国映画の新作を上映したり、中華料理のイベントをやったり、斬新な企画(と思っていただけかもしれない)でそれなりに存在感を示しました。これでイベントの楽しさに目覚め、今、市民大学の講座も二十近く。往年のロックンロールを、古いギターを取り出して中年バンドやろうという講座とか、蕎麦打ち講座、朝がゆ付きの座禅教室、犬のしつけ教室、テーブルマナー教室もやっています(講師は美人!の紅茶の専門家)。

 昨年と今年、ヒットしたのが、「多久百問検定」「論語百問検定」問題集作成と、検定試験実施。検定試験は、大学センター試験当日にぶつけて実施するという細やかさ(?)。昨年のご当地検定本は二千部完売、検定試験も五十人以上受験者も来ていただき、テレビクルーも取材に訪れて、してやったりという気分でボランティア一同、感激ですな。今年の論語検定は、くだんの和食屋社長が、中国文学を大学で学んだとかで、うんうんうなりながら問題作成にあたり、先日、多久聖廟三百年祭にぶつけ、発売開始(お寺でも売ってます。定価三百円也)になりました。

 昨日(十二月六日)にやっと終わったのが、専称寺で開催した「むらおん」と題した連続コンサート(本紙4ページ参照)。いずれも定員いっぱい、聴衆が参加していただき、これまた大成功。RIKKIさんという知る人ぞ知るワールドミュージック系歌手にも、寺のギャラリーで歌っていただき、当方も大満足でした。これからもゆい工房の活動をヨロシク!(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:39 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No.22 お盆の「内幕」

ポクポク木魚

お盆の「内幕」


こんなタイトルを付けたら、内幕暴露みたいで、やや羊頭狗肉ですね。お盆の現場報告がいいのかな。毎年夏が近づくとお坊さんは一様に、憂鬱な顔をします。大変な労力を要するお盆(盂蘭盆会)の棚経(お檀家さま一軒ずつ御仏壇の前で御先祖の供養をする)のことを考えると、なにか暗い気分になるみたいです(人ごとみたいですが…)。良く口の悪い=住職と親密なお檀家さんからは、「かき入れ時でいいですな」と言われるのですが、それとも違いますね。何が大変なのかと説明するのは難しいのですが、まぁ気温三五度近い灼熱の町や村を、法衣を着て一軒一軒ご挨拶してお茶をいただいて、お経(お経は五分程度ですが……)をお上げして、お布施をいただいて、またご挨拶して退出するという繰り返しを一日、平均して三十回ほどすることを想像していただければと、思います。

 専称寺では、お盆(ことしは八月十一日から五日間にお盆参りをしました)に約三百五十件の県内のお檀家さんならびに近県の初盆のお宅にうかがいます。住職だけでは絶対不可能ですので、住職の長男やお寺に嫁いだ二人の妹の子どもたち(いずれも大学生)や、八十五歳になる老僧までご助力をいただき、計五人でお盆のお檀家まわりを致しました。

 昔なら、朝六時から夜八時までお檀家に伺えたのですが、今や生活時間が多様化して、食事時などプライベートな時間にお邪魔することもできず朝九時から夕方六時ぐらいがせいぜいです。そうなると一日八時間度、平均して一日三十軒となると、移動時間を含め一時間に四軒のお宅でお参りしなくてはならず、かといってお経を省略するわけにもこれまたいかず。さらに、セールスマンであれば、どこかで休むこともできますが、法衣を着て車で昼寝もできず、正座をくずすこともなく……、大変なことがおわかり頂けたでしょうか。

 疲労困憊して、お寺に戻ってもまだ仕事があります。お手伝の若い小僧さんにお檀家さんの場所、順番などを住宅地図にマークしながら教えなくてはなりません。「明日は何時頃お見えですか?」という問い合わせのためにも、おおかたの訪問時間が分かる順路を留守番の家族に教えておくことも大切なオシゴトです。(これまで何回も、訪問予定の時間にお邪魔することができず、ご迷惑をかけたことがあります。ごめんなさい。)

 しかし、お盆の習俗、お盆参りの風習は、私が住職の間は、変えるつもりはありません。お盆の際のお檀家さんとの会話で、気付くことがたくさんあります。独り暮らしの老人世帯などでは、さまざまな相談を受けることもあります。お盆の風習があるからこそ、日本人の間で御先祖様への感謝があるからです。(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:37 PM | comments (0) | trackback (x) |

ポクポク木魚 no21   おかげさまで 本紙50号!

ポクポク木魚 no21  

おかげさまで
本紙50号! 

 そんなに気負うことではないですが、お寺の新聞「MOYAi」(前身の寺だより「光明」を含む)が50号を迎えました!
 本紙を読んでいただいている方も、読まなくて仏壇脇に置いているだけの方も、ゴミ箱直行の方も、すべての方に感謝します。ありがとうございます!

 創刊は、今となっては遠い昔、昭和六十二年(1987)十二月です。B5判八ページでした。題字を老僧に書いていただいて、お寺の山号から名前を取って「光明」としました。ややオタッキーな話ですが、版下をMS・DOS時代のワープロソフトの「一太郎」でふうふう言いながら作って、紙に印刷して、それを印刷屋さんに出していました。パソコンはNECのPC9801シリーズでした。当然モノクロ紙面。印刷は、今はもう廃業なさった檀家さんの倉富印刷所、故人になられた印刷屋のオヤジさんに、版下を持ち込んで説明したことを覚えています。内容は、お寺の由緒だとか、多久市在住の作家滝口康彦さん(故人)の掌小説、お寺にゆかりの「核割れ梅」など。当時のドット・インパクトプリンターは印刷が不鮮明でそれがそのまま、仕上がりに出ています。

 第2号が翌年の十二月、3号は平成元年の七月……。当初は一年に一、二度まぁ思い出したように出していたことになります。ワープロ版下を卒業して、活字になったのが平成二年の第5号、表紙カラーになったのは平成四年第8号から、まぁ段々とそれなりに進化しているものです。振り返ればね。

 私が住職に就任させていただいた平成十四年七月の28号からは、名前を「MOYAi(もやい)」と改め、表紙のレイアウトも一新し、表紙・終面カラー、年四回刊、八ページとなりました。

 ずっと前、二十代の頃に佐賀新聞社に勤務していたからか、こうして文章を書いたり、レイアウトする仕事は今も全く苦にならず、編集作業や原稿書きは私にとっては密やかな楽しみなのです。本紙には、あちこちの媒体に書き散らかしている原稿・写真を使い回すこともあって、ほぼ一日で、編集の作業は終わってしまいます。やはりゲラ(校正刷り)が印刷社(ちなみに現在の印刷は佐賀印刷社)から上がってくると、今もワクワクしますね。現在は、こうした印刷物もパソコン技術が進歩してDTPと呼ばれるパソコンだけでできる形になっていますが、このMOYAiは従来どおり、はさみと糊を使って、紙のレイアウトで制作しています。長年やり慣れた方法で作った方が、いいですね。中年は進歩が少ないと反省はしていますが…。

 まぁ今後の目標は、細く長く続けること。「継続は力なり」です。少なくとも百号までは続けたいと思っています。応援下さい。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:36 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.20  久しぶりのインドで

ポクポク木魚 20 

久しぶりのインドで

 久しぶりに、一週間ほどインドに行ってきました。浄土宗平和協会のお仕事で、スタディーツアーと題して、旅程の作成から旅行代理店の交渉をして、半年がかりの募集で全国から十七人の応募があり、現地で参加者のご案内もしてきました。

 今回訪れたのは、インドでも歴史的に比較的富裕な地域である南インドでした。浄土宗平和協会は、日本のNGO支援のプログラムがあり、支援団体の一つである「反差別国際運動(IMADR)本部=東京」のご案内で、南インドの都市マドラス(チェンナイ)の郊外にあるアウトカーストの村を訪れました。カースト制度、ご存じでしょうか? インドの国民宗教であるヒンドゥー教に内在する身分制度で、インド社会に抜きがたく存在しています。アウトカースト(現地の言葉で「ダリット」と称します)とは、そのカースト制度の身分以下の階層をさします。

 チェンナイもIT(情報技術産業)企業で発展する都市の一つで、街も人も一昔前では考えられないほど発展していました。しかし、カースト制度は、インド社会に重く澱のようによどんで内在していました。

 インドの現代仏教は、インド独立後に法相、憲法起草委員会委員長として活躍した社会運動家B・アンベートカル(一八九一~一九五六)が、そのアウトカーストの人々とともに集団改宗して再出発しました(一二世紀頃インドで仏教はいったん途絶えています)。インド社会の最底辺にいる人々が、現代インド仏教の中心になって活動しています。だから故に、インドの仏教は社会制度と日々、闘う姿勢を崩しません。

 こんな予備知識はあったものの、現実の差別は予想以上でした。橋などのインフラは、仏教徒の村に届かず、やはり学校や地域でも、暴力やあからさまな差別が日々繰り返しているそうです。この国の仏教徒は、東アジア、東南アジアの仏教と違い、毎日が闘争みたいな感じで、ツアー一行に説明してくれたお坊さんもどちらかというと一昔前の日本の労働組合の闘士みたいな方でした。

 個人的に大発見をもう一つ。インドにあれだけ牛がいるにもかかわらず、ヒンドゥー教徒は牛を宗教的タブーとして絶対に食べません。数億頭もいる牛を牛乳を取るだけで、あとはどうするのだろう?と思っていました。ところが、ダリットの人々は歴史的にカースト外存在なので、牛をおいしく食べちゃうのですね。ダリットの村でビーフカレーを振る舞われて、インド風に手でいただいたのですが、その味のおいしいこと。インドに長くいたので、やや変な感じはしたのですが、それでも日本人に戻って大変おいしくいただきました。まぁ個人的な発見ですが……。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:33 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.19 平和協会で

ポクポク木魚

平和協会

 浄土宗平和協会という団体の事務局長を仰せつかって六年目になります。平和念仏募金で、全国の浄土宗寺院や、その檀信徒に浄財をいただき、それを基金として、海外で活躍する日本のNGO(非政府組織)のボランティア活動に援助を行うなど、「殺してはならない」というお釈迦様、法然上人の教えのもと、ささやかながら平和活動一翼を担っている団体です。来年からは、日本に生活する私費留学生に対し、「ブック・ギフト」という名の書籍贈与の活動を始めようと、東奔西走しています。昨年は北朝鮮の核実験、ミサイル実験にいち早く、反対の声明文をインターネットで公表しました。

 九月末、メールで東京の友人から「ミャンマーがおかしなことになっている」と知らせが。急いでネットで世界の通信社やマスコミ情報を確認すると、僧侶が数千人単位で、圧政に抗議して行進を始めているというニュースが刻々と掲載されていました。僧侶の動きに同調して、一般市民が動き始めたというニュースも。軍政で民主化運動家も学生も拘束され身動きが出来ない国の情況に、僧侶が「覆鉢行」という仏法に則り、平和行進をはじめ、それが大きな動きになっていました。

 九月二十七日には、これが数万人規模にふくれあがり、多数のマスコミにも取り上げられました。翌日から、軍政側の弾圧が始まり、あとは皆さまご存じの通り、主導した僧侶、市民は一部は殺され、収監され、活動は収束し始めています。

 私が言うのも何ですが……、東南アジア諸国、特にミャンマー、ラオス、そしてタイでは、日本とは比べものにならないほど僧侶は尊敬される存在です。上座部仏教の戒律に基づき非婚を貫き、不殺生はもとより、正午以降は決してものを口にしません。僧院で祈りと学習の日々を過ごし、食事は自給自足、または托鉢で市民の方からいただきます。争いの種になる行動を起こすことは慎むのが上座部仏教の僧侶です。
 その僧たちが、仏法に則ったとはいえ、托鉢行の一つとして市民と共に行動した。日本人が考える以上に深い深い意味があります。軍政側は、僧侶の衣をはぎ取り連行したという情報が寄せられています。つまり、僧をそのまま逮捕すると、市民への影響が強すぎるからともいわれています。

 もちろん、浄土宗平和協会も私が友人たちと作る海外教育支援団体テラ・ネット(Terra Net)も、仏教NGOネットワークの声明に賛同し、ミャンマー政府、日本国政府に事態の平和的解決を求め、声明を出しました。平和協会の仕事でメールとウエブにかかりっきりの一週間、小さな喪失感と共に、仏教本来の活動に希望も見いだした時を過ごしました。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:30 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no.18  自分が自分であること

ポクポク木魚 no.18

 自分が自分であること

 先日、いつものようにパソコンを立ち上げると、見たことがない青い画面! パソコンの中枢部分であるハードディスクが、壊れていました。メーカーに問い合わせると、部品を替えるしかない重大な問題だとか…。

 頭の中が真っ白くなりました。草創期の二十年前ならいざ知らず、改良された今のシステムが、突然クラッシュするとは。そのときから、パソコンの前に陣取り、復旧作業とあいなりました。二十年間にわたって積み上げてきたお寺や個人の諸資料、写真や原稿の類ほか、重要な資料がパソコンの中に眠っています。データの大部分は別の媒体に保存していましたが、それでも大切なもののいくつかは、壊れたディスクにあります。

 以前の環境、データを取り戻すのに、丸三日かかりました。作業中に、ふと唐突ですが「今の子どもが自殺するのは分かるよな」と独り言を呟いていました。

 私だけではないと思いますが、現代人は、日々の行為の相当部分をパソコンに代表されるデジタル・デバイス(電子的な記録装置とでも訳すのかな)に依存しています。文書を作るだけでなくそれを記録し、毎日のスケジュールを管理し、またインターネットという空間で、カードでものを買ったり売ったり、電話郵便代わりのメールを使ったり、銀行のお金を出し入れしたり。最も大切な自分が自分であることを証明することでさえ、パスワードとIDで管理しなくてはならない。

 たかが、愛用のパソコンが壊れたぐらいで一瞬、自分が誰であるか分からない事態に落ち込む。「何という時代なんだ」とPCを復旧しながら考えました。そこには、例えばメールが代用した手紙の紙の質感、字の伝える個性や暖かみはありません。買い物でやりとりするお店の方との声による会話も、お金をやりとりする場合の儀式めいた人付き合いも、場所のにおいもありません。「川副春海」と言う名前の変わりに、無機的なアルファベットと数字の羅列であるIDとパスワードが自分そのものなのです。

 思春期の子どもたちの自殺や犯罪が、数多く報道されています。社会に出る前にこうしたデジタル・レッスンを受けパスしなくては生きていけない社会。ケータイメールの多寡が、今ここの生きている子どもたちの証。実は、私は「生老病死」という生の実相も、デジタルな空間に放りやられ、リアルな手触りを失いかけているのが現代ではないかな思います。年間百万人近くの方がなくなっているにもかかわらず、子どもの目の前にはどこにも、リアルな死がない社会。バーチャルな空間に自らをおくことによって、これまで考えられなかった利便性を得る変わりに、リアルなものの大半をどこかに置き忘れなくてはならない私たち。人と人とのつながり、「縁」「共生」をいう命題をいつかゆっくり考えなくてはと思っています。(住職

| ポクポク木魚 | 04:25 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 NO.17 関西多久会

ポクポク木魚 NO.17

関西多久会

 関西地区に住む多久出身者で作る「関西多久会」に呼ばれて、この十一月、講演をしました。遠くに出かけて、いつもの話をするのもおこがましいなぁと思い「困ったな」と頭をかきながら考えて「本庄町の小さなスタジオから」という題で小一時間お話をしました。本庄町とは、私が出演するNBCラジオ佐賀の地名。パーソナリティとしての体験をお話しできないか、佐賀や多久の現状を少し話せないか、無い知恵を絞りました。

 多久や佐賀など県内の中心商店街は今、ボロボロです。佐賀市の白山商店街など、今やシャッター(閉店)率三割といわれています。多久駅前は元気な商店が数えるほど。いろんな原因が考えられますが、購買圏の広域化、高齢化・人口減が主な原因でしょう。多久市は、高齢化率(六五歳以上の高齢者の割合)がなんと、二六・〇%(四人に一人!)。これって、日本の二〇二五年の姿を先取りする超高齢自治体なんですね。今、多久では老人施設が雨後の竹の子のごとく出現ラッシュです。

 人口減も激しいです。今、多久市はなんと二万二千九百人しか住んでいません。「市」と称するのが恥ずかしいぐらい。うーん、市成立時の半分以下。私の実感では二万人以下になるのも時間の問題と思ったりしています。現実に、多久ではバス路線は廃止され、近い将来、集落の消滅や学校の統廃合なども可能性がでてきました。

 一方、郊外立地の大規模アーケードが続々立地しています。今日(十二月八日)も佐賀市で大型ショッピングセンターが開店したという新聞記事を見ました。中心街の空洞化は車がほぼ一人一台になったということと関係がありますな。多久市では自家用車の所有率が一世帯あたり二・〇台。一世帯二人ちょっとなので、一人一台を達成しています。つまり、多久では「タバコを買いに行くのも車」という時代になっているんですわ。

 農家の減少というのも、多久の風景を変化させています。多久市では、農家は今や全所帯の2%(専業農家の割合)。田舎は人と人とのつきあいが濃いというのが定番でした。でも田舎でもサラリーマン化が進むということは、どうしても近所づきあいの「東京砂漠化」が進むのですね。悲しいけど縁薄い時代になったものです。

 今年あたりから、団塊の世代の大量退職が始まっています。佐賀県や多久市では地元出身者に「帰って来いよ~っ」という施策が始まっています。県は「ネクストステージ・プラン」で帰郷起業支援、市は財政難にもかかわらず「一家そろって多久に家を建てると百万円プレゼント」ということを始めています。

 お坊さんとしての私の仕事は、こんな多久に人と人との「縁」、家族の縁を取り戻すきっかけ作りだと思っています。地域のおつきあいの核としてお寺ってとても好都合にできています。お仏壇だって、家族が家族である基本ですよね。地域の人とたまには酒を酌み交わし、家族の団らんを大切にする、基本だと思いますよ。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:23 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.16  死の準備教育

ポクポク木魚

 死の準備教育

 友人で曹洞宗の僧侶が、佐賀県立病院好生館のホスピス病棟で平成四年から「ホスピスをすすめる会」を結成し、ボランティアで末期ガン患者などの支援をしています。ホスピスとは好生館の場合、正式には「緩和ケア病棟」と称されます。ご存じのかたも多いと思いますが、人生の終末期に「無理な」延命治療を行わず、痛みの緩和などを中心に処置を行う病棟です。好生館のホームページにはその理念として、こんな方針が出ていました。

 「一、苦痛症状の緩和に努め、QOLの向上を図ります。/二、自己決定を尊重し、患者さまご家族の思いに添う看護を提供します。/三、大切なひとときを自分らしく過ごせるように支援します。/四、ボランティアを含む医療スタッフがチームとして患者さまご家族をサポートします。」
 「QOL」とは、医療用語でQuality of Life(人生の質)の略語で、患者の日常生活をどれだけ苦痛の少ないものにするかという意味ですね。

 その彼は、法衣姿で、このホスピスに出入りし、患者さんの悩みなどを聞くボランティアをしています。「ちゃんとお話を聞かせていただくまでに十年かかりました」と彼は言います。「病院は病気を治す場所。死と関わり合う僧侶が、法衣で病院に出入りするなんてもってのほか」という一般的な意識の中で、死と直面する末期ガン患者、病棟関係者とちゃんとした信頼関係を構築するのに、とても苦労したそうです。現在は、さまざまな患者さんの心の悩みに連れ添って、活躍しています。

 彼が、その「ホスピスをすすめる会」で取り組んでいるのが、「死の準備教育」。小中学校を対象に、「死」について学びあうものです。先日、彼と一緒に、その講座に参加しました。場所は多久東部中学校。彼らはこの学校ですでに年六回のペースで講義を行っていますが、今回は小学生五年生、中学二年生、それに指導者役として佐賀県立看護学校生が集まってのワークショップ。全部で百数十人いました。体育館でゲームをしながら、十人前後の車座になって話し合います。最初は「今したいこと」「今欲しいもの」。「ケータイ」とか「iPod」などの答えが続きます。あるとき指導者役の看護婦さんの卵から、「あとひと月の命とお医者さんから言われたらどうする」と質問が。面食らった子どもたちはかなり考えたようです。である子は「やっぱりお父さん、お母さんと一緒にいたい」。

 彼によると、この講座を始めて、学校の先生方にとても感謝されるそうな。「子どもたちが変わり、保護者や先生方も真剣に考えてくれる時代になればいいですね」といいます。「人生に終わりがあるからこそ優しくなれる、家族を大切にする」、私自身もそう思います。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:20 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚  no15  講演のこと

ポクポク木魚
 no15
 講演のこと

 お寺の坊さんで、長年ラジオで番組を持っている―講演にうってつけと思われるのかどうか分かりませんが、この頃、あちこちで講演に走り回っています。お寺の本堂でする「法話」は、相変わらず下手なのですが、講演なら「まぁいいか」と依頼されるまま、様々な場所でお話ししています。対象も種々雑多で、幼稚園の父母の会に始まって、各種PTA、女性セミナー、高齢者教室、「いのちの教育」シンポ、地域おこしシンポ……。変わったところでは、建設会社やトラック協会のの安全大会、警察署の捜査員研修なんてのもありました。

 月に何度も講演の場を踏んでいると、度胸も尽きますね。聴衆が何百人いようと、数人であろうと、場の雰囲気にあったお話を心がけようという気になってきます。

 とは言っても、そうそう話のネタを数多く持っているというわけではありません。数種類のネタを、対象に合わせる形で、少しずつ変化させて、講演の原稿を書いていきます。高齢者の場合、この頃、「死」について、といういってみれば深刻な主題を、ユーモアを含めてお話しするようにしています。「人生ノート」というこれまでの振り返りをできるようなシートを、資料として配付し、書いてもらったり、近年の家族や地域の形の変化を、パソコンの画面を投影しながら、ご説明したり。そんななかで、「縁」の大切さを、強調するようにしています。

 海外交流関係の、お話もします。バングラデッシュの生活を、統計を使いながら、日本と比べて理解してもらったり、海外の体験を交えて、日本や日本人のおかしなところを指摘したり、先日は、高校生対象にワークショップ形式で、地球の豊かさ、貧しさを理解してもらったりしました。
 「食」の話もよくします。「小学校五年生五千人に聞きました」というNHKの調査がありますが、そのなかで、「一日の食事の中で一番楽しみにしている食事はいつですか(学校給食がある日)」という質問で、なんと38%の子どもが給食が一番と答える事実(すごいことですね、家庭の団らんが壊れかかっているのでしょう)などを示して、お母様方に、給食に負けないようにしてくださいと呼びかけています。いずれも、仏教の言う「縁起」をもとに、人と人との「縁」について、分かっていただけるような話を、下手ながらやっています。

 恥ずかしながら、うちのお寺でまだ、法要の時に法話も講演もしたことがなくって、「なぜだ」という声が聞こえてきそうです。近いうちに、デビューできるように、がんばります。お待ち下さい。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:18 PM | comments (0) | trackback (0) |

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