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ポクポク木魚No.14  法事の深い意味

ポクポク木魚

 法事の
 深い意味

 亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんの法事は、なぜ営むと思いますか?? 「ご先祖さんを大切にしなさいと聞いてきたから」「ずっと前からやってきたから」……、様々な理由で数百年の間、私たちは一周忌や三回忌などを行って、家の仏壇の前に祈ってきました。仏教の教えとしては、「追善供養」という意味で「故人をしのんで、お墓に花をあげ、仏壇に香をたき、お経や念仏を称える善きことを行って、亡くなった方の冥福を祈る」という意味があります。

 しかし、もう一つ、深い意味が現代の法事にはあるような気がしてなりません。それは、自らと亡くなった方の命のつながりを確認して、参列者全員の命と命のつながりをみとめ、さらには自らのこれまで、そしてこれからを見つめなす儀式ではないかと思います。一昔前、家族は一緒に住み、親族も近くに住み、兄弟姉妹と緊密な関係にありました。村の中で、親子、兄弟姉妹が貧しいながらも、濃密な関係を結び相互扶助の生き方をしていました。しかし今はどうでしょう? 二人家族が平均的な家族像、お父さんは単身赴任、子どもは大学で都会生活の家庭が多くなったのではないですか? 離婚も増え、子どもは一人か二人。親族も日本中に広がり、つきあい深い親族が地域には少なくなった。家族が家族であることを実感を持って味わう場が、なくなってしまいました。命のつながりが希薄になってきたのではないでしょうか。

 法事とは、定期的に集って、父と子、母と子、兄弟姉妹、こうした命の連鎖を実感し、故人に対して感謝を申し上げ、祈るる場の様な気がします。命とは、自らだけのものではない。みずから選び取ったものでもない。与えられたものです。いただいたものなのです。それも家族という場ではぐくまれたものです。こうした至極当たり前ながらも、つい忘れてしまっていることを再び確認するのが法事の席だと思います。(まぁ、親戚が久しぶりに集まって酒を飲み交わして、旧交を温めるのも大切ですが……)。

 さらには、一緒に席に付き、食事を食べ合うことも、自分が子ども時代は当然のごとく、親と食事をしたはずです。その再現、つまり、故人とその子ども、孫が、一緒の席について、ご飯を食べる。ここにも「家族の再現」という深い意味があるような思いにおそわれます。南無阿弥陀仏とは、声によって仏さまに呼びかける言葉です。感謝の思いを、亡くなった父母、祖父母に捧げる声です。こんな思いで、次の法事の席におつきになったらいかがでしょう。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:16 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no. 14  ラジオ・パーソナリティ

ポクポク木魚 no. 14

 ラジオ・パーソナリティ

 佐賀市の住宅地のなかにある小さなラジオ局・NBCラジオ佐賀で自分の番組を持ち始めて、十三年になります。ひょんなことからパーソナリティという名の番組の進行役になって、最初は局の「主戦力?」として、放送の世界で「朝ワイド」とよばれる三時間のワイドショーを担当していたのですが、さすがに局ではもう最長老??近く、お寺も忙しいこともあって局にわがままいって、今は金曜日の夕方、一時間程度の番組を、ちょっとだけ持っています。

 一年間で約五十回、最初のころは週二~三回出演していたこともあり、もう七百~八百回、スタジオや屋外の公開放送に足を運んだことになるでしょうか。数えてみれば、これまで番組にゲストで出演していただいた方だけでも、有名無名の地域の人々、千人をはるかに超えていることになります。

 最初のころこそ、分秒単位の番組の進行に面食らって、あわやCMを落としそうになったり、時間配分を間違えたりのドタバタがあったのですが、今はもう「佐賀弁」でゲストの方々と丁々発止の時間を過ごさせていただいています。

 番組の制作にたずさわってみて、「みんな元気なんだなぁ。一生懸命がんばっているんだなぁ」と思ってしまいます。若いディレクター(番組制作責任者とでも訳すのだろうか)君が設定してくれるゲストさんだけあって、そのときごとに話題になっている方ばかり。地域に誇りを持ち、自らの役割や仕事に懸命なゲストの方々のお話を伺うと、とても「元気」の素をいただきます。

 様々な方々にお話を伺ってみて、「現場」で生きてらっしゃる人って素敵だなと思います。何十年もその道一筋の職人さん、漁師さん、お百姓さん……。現場でしか知ることのできない知恵だとか、醍醐味とか、短い番組のなかで、お話ししていただいたときは、とても嬉しくなってしまいます。

 逆に「ひょっとしてこの時代は病んでいるのではなかろうか」と思うこともあります。事件の現場に関係する人、福祉や教育の現場に立ち会っている人、そんな方々から、この時代の現場のひずみを聞くとき、ため息がでることさえあります。放送は時代の鏡だからそうなのかもしれませんが、地域の、そして時代の明暗をお伝えできた、それで十二分に役割を果たせたかなと思っています。
 ことし、番組は金曜日の午後三時半から、周波数は1458 KHz。佐賀県内、福岡の筑後地方は聞こえるはずです。お暇だったらどうぞ。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:13 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No12  本山参り

ポクポク木魚
 本山参り

 「あのぉ、すみません。その日はあいにく住職が本山に参っているもので、法事ができません」と、たまに檀家さんの法事のお願いに日にちを変更させていただくことがあります。一般的な(世間的な)感覚だと、住職が本山に行くという場合、衣と袈裟をつけて、修行や儀式に参内するというイメージが強いのですが、現実は、ちょっと違います。

 浄土宗に限らず、各宗派は宗教的な中心である(総)本山の他に、行政組織である宗務庁というものをもっています。明治以来、そこには宗議会があり、そこで議決された宗の規定で動く宗務庁組織が存在します。私の場合、総本山知恩院に参内する場合には、法衣で行くのですが、宗務庁に行く場合には、なんとネクタイとスーツ姿なんですね。宗務庁には、やはりスーツ姿のお坊さんが東京と京都に分かれて数百人勤めてらっしゃって、まぁ会議の時にはお念仏で始まりお念仏で終わるという恒例の儀式をのぞいては、その雰囲気も、普通の団体とあんまり変わらないのではと思います。何となく役所みたいなイメージはしますけどね。ちなみに、浄土宗の場合は、宗務総長という方がトップで、その下に総務局、教学局、社会国際局、財務局、文化局、総長公室、人権同和室という組織があります。

 で、住職はたびたび寺を留守にさせていただいて、何をやっているのでしょうか(法事の日程を変更させていただいた檀家さん、ごめんなさい)。私の場合は、昔マスコミですこし仕事をしていたということで、広報関係の委員会に呼ばれることが多いですね。今も皆様の手元にたまにお送りする「かるな」という小冊子の編集委員長とか、浄土宗新聞のコラム編集委員会とか、出版委員とか広報委員とかあれこれ拝命しています。このごろ忙しいのは、浄土宗の平和に関するすべての活動を行う浄土宗平和協会という団体の事務局長を四年前からしており、これが忙しいったらありゃしない♪。

 イラク戦争とか、アフガン戦争とか戦争に対し宗教者として何をできるかというとっても難しいけど、おもしろい仕事です。今、バチカンのローマ法王庁やアジアの仏教団体と「平和の祈り」という催しを開催しようかと、皆さんと考えています。また、今回のインド洋津波では浄土宗寺院に募金をお願いし、一五〇〇万円もの浄財をいただき、国連のなかのある団体を支援しました。また「念仏平和募金」という名前で、やはり募金をお願いし、国内のNGO(非政府組織)の援助をやっています。

 檀家の皆様とは直接関係ないことで、本当に恐縮します。ただ、平和や、仏教、そしてお念仏に、住職もたいした力はありませんが、少しは貢献しているということをご理解いただけないかなと思っております(住職)。

| ポクポク木魚 | 04:10 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no.11  四十九日のお参り

ポクポク木魚 no.11

 四十九日のお参り

 決して変な神秘思想にかぶれているわけではありませんが、お葬式が終わって初七日から四十九日まで毎週、喪家におうかがいして、お座敷におまつりしてある仏さまに「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」とお唱えしておりますと、やはりお位牌のあたりに、亡くなられた仏さまがいらっしゃるような気がしてなりません。

 おかしな表現ですが、仏さまに対して毎週、「お元気ですか? ちゃんと極楽の方にむかってらっしゃいますか?」とお伺いを立てているような心持ちで、お参りしております。

 あまり大きな声では言えませんが(?)、インドで生まれた仏教そのものは、明確に魂の存在は否定しています。仏教の究極の目標は仏さまになること(成仏)であり、ホトケになったものは、単なる霊魂ではなく、インド特有の輪廻(「りんね」と読みます。これを説明すると長くなりますが、要するに生まれ変わりの考え方)から解脱することができるといいます。しかし、同時に中有(ちゅうう)という、この我々の住む世界と、彼岸つまり極楽の間に生でも死でもない世界をも考え出しました。四十九日の法要は、中国で考え出され日本で発展したもので、インドに起源を持つものではありませんが、その中有のありかたをそのまま儀式にしたものです。まぁ、霊魂といって悪ければ、「半分仏さま」といった状態が、四十九日の間といったらいいでしょうか。

 四十九日の儀式は、仏壇に亡くなられた仏さまが今、そこにいらっしゃることを前提として進みます。仏さまのご飯やお菓子、お花などをお供えして、阿弥陀如来さま、他の多くの仏さま、そして白木のお位牌に宿っておられるだろう新仏さまに、手を合わせて南無阿弥陀仏つまり「阿弥陀さまどうぞお守りください、お助けください、成仏させてください」と祈ります。私たち僧侶がお読みするお経も、今となっては日本語の音としては、全く意味を持ちませんが、実は、仏さまに極楽の様子を語って聞かせるという意味を持ちます。「浄土三部経」と呼ばれる「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」いずれも極楽の様子を説いたものです。

 近年流行した「臨死体験」のまじめな研究書を読んでいますと、仮死状態になったとき、「自らが自らの身体から離れ、上から見ていた」といった証言を読むにつけても、数千年と信じられてきた中有思想って、決して絵空事ではないかもしれないと思っています。
 まぁ、そんな思いで毎週、喪家の仏壇でお経を上げ、南無阿弥陀仏と唱えています。どうぞ、みなさまも、お参りするときには南無阿弥陀仏と声に出して、お参りしてくださいね。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:06 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚  no. 10

お布施のお話

 十年ほど前の話ですが、担当しているラジオ番組で「大特集・仏教何でも相談室」というテーマをやったことがありました。ファックスで質問を募集。はてどんな質問が来るやらと、期待半分、不安半分でスタジオで待っていました。ジーコ、ジーコとファックスから流れてきた質問は、大半が「お布施」について。うーん。まいったなぁ。お経や法事の話を期待していたのに「坊さんに包むお布施って、いくらぐらいが常識なの?」という質問ばかり。
 確かにお布施ってビミョーな問題ですね。額が多くても少なくても……。これが、ひと昔なら、村には包みものの「相場」というものが厳としてあって、分からなければ長老や、家のじいさんに聴けばすぐ分かったものです。お布施をいただく身にとっても、相場と寸分違わぬお布施をあげていただいて「わーぁ、このシステムってすごいなぁ」と妙に嬉しかったりしたことも。ところが、ここ十年ほどで様変わり。地域や家族など共同体といわれるものが崩壊しつつあるらしく、こうした微妙な情報について尋ねる人が少なくなった。相場を共有できなくなったのですね。
 お年玉に始まって、入学祝い、お中元、それにおすそ分けや、香典、祝儀さらには寄付、役者に投げる「おひねり」など(こうしたものを「贈与体系」というそうですが)この未開社会から続く行為と、近代的な一物一価、つまりスーパーの値札みたいなありかたとは、なにか決定的に違うそうです。お祝儀、お布施などが公定価格になったら変な社会ですよね。
 ところがこのごろ「春海さんだから聞くんだけど、法事のお布施、いくら包めばいいの?」という質問が、急激に増えました。質問する方も切実だけど答える方も当惑しますな。あたふたとその場しのぎの説明で答えに代えますが内心は「困ったなぁ、何とかしなくちゃ」といつも思っています。
 まさか、お布施を定価にしようとは思いませんが、檀家の皆様からいただいたお布施が何にどう使われているのか、ちゃんと公表して、決して「坊主丸儲け」でもないよ!と分かっていただくのも、この時代の気分に沿っているかなと思ったりします。一部はすでに実施ずみですが、お寺の「バランスシート」をすべてガラス張りにする。支払いの方で、お寺の風景を維持するのにいくら、お檀家さんとのお付き合い、ろうそく線香など法要の支払い、事務経費、そして住職が個人的にどれだけいただいているのか、こんなものを公表すると、お寺のお金を大切に使う機縁にもなりますよね。まぁそんな今日このごろです。次回は、もう一つの問題、「戒名」について書きますね。

| ポクポク木魚 | 01:04 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No7

 遺書をかく

 「遺書を書く」というと、普通はドキッとしますよね。ここ数年、いろんな所で講演によばれます。声をかけて頂いたからにはちゃんとした話をしようと考えてたどり着いた高齢者向けの講演テーマが「遺書」でした。講演の主催者のほうが、このテーマを伝えるとギョッとされることが多くて、演題だけは別のものにしていますが……。

 先日の国勢調査で世帯あたりの家族の数が平均で二人ちょっとってご存じでしたか? 「MOYAi」今号の表紙にも書きましたが、今、家族のかたちが大幅に変わっています。親子関係も疎遠になっているんですね。法事に檀家さんの家にうかがっても、家族の関係「縁」が薄くなっていることがひしひしと感じます。

 親という存在を、子ども時代の視線でしか知らない人びとが増えていると実感しています。ひとりの人間として両親はどんな存在だったか、若いころどんな夢を抱き、どんな結婚をしてどんな仕事に励んだのか? 子どもに伝えることなく亡くなってしまい。子どもにとっても「親孝行したいときには親は無し」という川柳状態に陥っていますね。

 だから「遺書のすすめ」なんです。講演では、自分の名前生年月日から始まる遺書のひな形を持参して実際に書く練習をしてもらいます。親や自分の兄弟、祖父母の名前、小さかったころの家の間取り。学校時代、結婚したころどうだっか。高齢者が子どもと同居するケースは非常に少なくなっている。だからこそ本当にあなたが子どもに伝えたいこと、自ら生きてきた縁を、一つ一つ思い出して書いてもらう。

 同時に「尊厳死の宣言書」「臓器移植の意志確認書」や、流行の臨死体験などの解説などもしながら、「死」そのものにも話を進めます。「死の生前教育」といわれているものです。また「あなた自らの死は、その子どもにとって最期の親としての教育です。人はどうやって死んでいくか、自らをもって教えること」とお話しして、さらに伝統的な「他界観」、日本人は死んだあとのことをどう考えてきたか、「極楽」が、どう受け止められてきたか話を進めます。最期には「生けらば、念仏の功つもり、死なば浄土に参りなん」(法然)「災難に遭う時節には、災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候」(良寛書簡)という言葉で講演を終えます。まぁ、こんなことをこのごろ、講演のテーマとしてやっています。

| ポクポク木魚 | 12:57 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.5

 本山で修行しました

 僧侶としては当然のことでしょうが、久しぶりに京都の総本山知恩院で八日間修行をしてきました。「璽書道場」という江戸時代初期から続く伝統的な八日間です。五体倒地の礼拝という礼拝行を繰り返し、木魚念仏と浄土三部経を輪読する午前五時から午後七時半まで六回の法要と一日三回の講義、精進料理の食事、大広間に雑魚寝、自由な時間がほとんどない道場の日々。すべての情報から遮断され、食事中も私語をつつしみ、念仏・祈りに意識を集中する毎日でした。

 「見仏」体験という浄土宗の僧侶特有の神秘体験があります。木魚をポクポクたたきながら念仏を唱えたり、五体を駆使する礼拝の行などで数十日をすごしたという究極の修行者にまれに現れる現象です。(今回のようなわずか数日の修行ではほど遠い体験ですが……)、アジアの宗教は心と体の相関関係の中にこそ存在すると思います。声と体を究極にまで痛めつける念仏の修行、その神秘体験を単に脳の中だけの現象と矮小化しようとは思いません。鎌倉期から江戸時代そして近代まで多くの念仏者が、自由に仏と遭遇し極楽世界を意識状で体験したという報告を読むにつけ、私たちの生きる現代という時代の特殊さを感じざるを得ません。近代という檻に私たちは縛られて、生きる世界を極端に狭めているのではないか、実は人の死を極端に矮小化してしまっているのではないかと、ご本山で礼拝しながら思いました。

 舌足らずの表現で済みませんね。いずれゆっくり「大論文」でも書きます。ちなみに修行で少しは体重が減るかと期待していましたが、規則正しい食事、精進料理をよく噛んで頂いたからか、わずか一キロしか減っていませんでした。(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:50 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 NO4

 通い慣れたお寺でのお葬式もいい
  

 多久市内にも葬祭場が増えてきました。ご葬儀、通夜などに葬祭場を利用される方が増えてきました。ご自宅でのご葬儀は、家族や地域の負担が大きく、葬祭場の利用が進むのは、理解できることです。

 ただ、会場がご自宅から離れた場所にある場合が多く、故人をよく知る高齢の会葬者が参列できない、無味乾燥したご葬儀になりがちだなどという傾向もありがちです。葬儀を主宰する僧侶として、長年住み慣れた自宅で、家族や隣近所の知り合いに送られながら、ご葬儀をしてほしいと思います。ただ、真夏に汗だくで長い時間座り放しの儀式も大変ではあると思うのも事実です。

 先日、遺族がお寺でご葬儀を希望され、何度か続けてお寺で葬儀を執り行いました。御先祖さまが眠るお寺で葬儀を執り行うことは、なかなかいいことだとあらためて思いました。特にお寺周辺の地域の方々にとっては、故人もよく知る場所で儀式を行い、地域の人々に囲まれて野辺の送りをすることができます。また専称寺には収容人数や駐車場、宿泊施設など葬祭場を上回る規模の施設が整っています。
 ただ、檀家の方々の一周忌などご法事や、お寺の法要など様々な行事がお寺ではあり、常に急なご葬儀に対応しづらい点や、法事と違ってお寺の施設を利用する場合の利用料金が決まっていないということもあろうかと思います。

 今後、みなさんに相談しながら、お寺を利用した葬儀のあり方を考えていきたいと思います。高いお金を払って葬祭場を使わずに、お寺の施設を仕えるように条件整備をしていきたいと思います。葬儀の生前準備、つまり自分自身の葬儀をどんなかたちで行うか、生きているときに決めるという生前準備の方向は間違っていないかなとも思っています。自分の最期のあり方を決めるということは、よく生きることともつながるような気もします。

 まずはそうご遠慮なさらずに堂々とお寺をもしものときには、お通夜、ご葬儀にご利用下さい。そのためのお寺なんですから。
(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:48 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 NO3

ポクポク木魚
NO3


 二十八歳の秋に出発したアジア遍歴の旅、日本に帰ってきたときは三十一歳になっていました。最初にやったのは、旅行記を昔働いた「佐賀新聞」で連載すること。その年の秋から三十回ほど文化面で当時珍しいカラー連載として掲載されました。

 私の性格の一つに「来るものは拒まず」。頼まれたことを何でもやっているうちに、いろんな事に手を出している自分に気付きました。誘われるままに、仏教の儀式を勉強する団体で勉強を始めたり、佐賀唯一の映画自主上映団体(「チネチッタ」という名前で今も健在)を友人と設立したり、実を言うとある商工団体に頼まれてコンサルタントみたいなことまでやったこともあります♪……。

 NBCラジオ佐賀のパーソナリティに誘われたのが十二年前、お坊さんの研究誌「現代教化」という雑誌の編集を依頼されたのもその年、今もお坊さんであることとこの二つ、つまり宗教とマスコミという世界にバランスをとりながら依って立つことができる境遇に、少し感謝しています。浄土宗の出版物だけでなくいろんな市販の仏教雑誌にも時々、記事を書いていますので、「見つけたらどうぞよろしくっ★」。

 他にも地域、学校、宗派、仏教界、NGO=三年前からはテラ・ネット(Terra Net)という海外教育支援団体を、友人と設立し、今はタイの少数民族の支援活動を行っています=、いろんな団体のお世話を頼まれ、月何回かの講演活動、原稿執筆・編集、放送出演などを含めいわれるままに活動しています。(まぁ口の悪いうちのカミサンには「やりたいことばかりやって極楽とんぼみたいだ」と言われますが!)。
 読者のみなさんとは、今後とも長いつきあいです。次回は、私の夢でも書きましょうか。よろしくお願いしますね。(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:44 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no.2

ポクポク木魚

 というわけで、前回このコラムの新連載ということで自己紹介を始めたのですが、一度で終わらず、「疾風怒濤のアジア放論編」になりました。うーん。
 二十八歳の秋だと思うのですが、佐賀新聞社を「よいしょ」という思いで辞めちゃって、一週間後にはカミサンと香港に降り立っていました。さて、一年かかるか二年かかるか世界漫遊旅行、最初に目指したのはまだ外国人を受け入れて間もない中国大陸でした。自然も歴史もいうまでもなく雄大な大陸ですが、合計半年以上の滞在で強烈な印象を受けたのは、人間の激しさ……というか、有り体に言っちゃうと「」人の悪さ」です。もう半端じゃありません。バスに乗るのに老人を倒して自分が優先するなんというのは当たり前。行列に割り込む、ツバを吐く、人前でケンカする、なんでもありでした。これが宗教を否定した中国革命の成果の一つなんでしょうね。(あれから二十年、その間に何度も訪中しましたが、中国はとっても変わりました)

 東南アジアも三ヶ月ぐらいいたかなぁ。タイの仏教はすごいですね。人が人に施すという難しいことを、社会の中に仏教のおかげでうまく取りこんでいるなぁと感心しながら、滞在していました。それにタイ人のあののんびりとした雰囲気、大好きです。旅から帰って人から「どの国が一番好き?」と良く聞かれましたが、そのときはすかさず「タイ、チベット、それにロンドン」と答えていました。好きです©タイの仏教とそのお坊さん。
 そしてインドには一年近く滞在しました。インドを一言で語ることは最高に難しいです。インドは汚くてきれい、美しくて醜い、貧しい人がいっぱいいるように見えて、大金持ちもいます。神秘的に見えて、現実的です。

 インドの宗教も混沌としています。お国の宗教であるヒンズー教にイスラム教、シーク教、お釈迦様の国でありながら仏教は、長い間に衰退していました(ただ仏教遺跡は、いっぱいあります。是非行って体験してください。インドは行かなくては分からない)。
 長い間滞在して、最も印象に残るのは、インド人の悠久さ。中国人は何につけ合理的ですが、インド人は詩的というか、なんにでも物語をつけてしまう。原始仏教の教えを読んでいると「ああ、インド人だから、こう発想するのだなぁ」と思うこともあります。
 約20ヶ国を遊学?して、日本にシベリア鉄道経由で帰国したときには、三十歳になっていました。多久に帰ってきてからは次回のお楽しみ。(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:39 PM | comments (0) | trackback (0) |

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