専称寺ご案内
寺だより「MOYAi」
ギャラリー三蔵堂
オフィス三蔵堂
専称寺墓地・納骨堂「光明殿」
永代供養墓「菩提樹陵」
お寺アクセス
お問い合わせは、mail@senshoji.jp へ
専称寺トップへ

CALENDAR

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<前月 2018年10月 次月>

NEW ENTRIES

CATEGORIES

ARCHIVES

PROFILE

OTHER

www.senshoji.jp

<<次の記事 前の記事>>

ポクポク木魚No.14  法事の深い意味

ポクポク木魚

 法事の
 深い意味

 亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんの法事は、なぜ営むと思いますか?? 「ご先祖さんを大切にしなさいと聞いてきたから」「ずっと前からやってきたから」……、様々な理由で数百年の間、私たちは一周忌や三回忌などを行って、家の仏壇の前に祈ってきました。仏教の教えとしては、「追善供養」という意味で「故人をしのんで、お墓に花をあげ、仏壇に香をたき、お経や念仏を称える善きことを行って、亡くなった方の冥福を祈る」という意味があります。

 しかし、もう一つ、深い意味が現代の法事にはあるような気がしてなりません。それは、自らと亡くなった方の命のつながりを確認して、参列者全員の命と命のつながりをみとめ、さらには自らのこれまで、そしてこれからを見つめなす儀式ではないかと思います。一昔前、家族は一緒に住み、親族も近くに住み、兄弟姉妹と緊密な関係にありました。村の中で、親子、兄弟姉妹が貧しいながらも、濃密な関係を結び相互扶助の生き方をしていました。しかし今はどうでしょう? 二人家族が平均的な家族像、お父さんは単身赴任、子どもは大学で都会生活の家庭が多くなったのではないですか? 離婚も増え、子どもは一人か二人。親族も日本中に広がり、つきあい深い親族が地域には少なくなった。家族が家族であることを実感を持って味わう場が、なくなってしまいました。命のつながりが希薄になってきたのではないでしょうか。

 法事とは、定期的に集って、父と子、母と子、兄弟姉妹、こうした命の連鎖を実感し、故人に対して感謝を申し上げ、祈るる場の様な気がします。命とは、自らだけのものではない。みずから選び取ったものでもない。与えられたものです。いただいたものなのです。それも家族という場ではぐくまれたものです。こうした至極当たり前ながらも、つい忘れてしまっていることを再び確認するのが法事の席だと思います。(まぁ、親戚が久しぶりに集まって酒を飲み交わして、旧交を温めるのも大切ですが……)。

 さらには、一緒に席に付き、食事を食べ合うことも、自分が子ども時代は当然のごとく、親と食事をしたはずです。その再現、つまり、故人とその子ども、孫が、一緒の席について、ご飯を食べる。ここにも「家族の再現」という深い意味があるような思いにおそわれます。南無阿弥陀仏とは、声によって仏さまに呼びかける言葉です。感謝の思いを、亡くなった父母、祖父母に捧げる声です。こんな思いで、次の法事の席におつきになったらいかがでしょう。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:16 PM | comments (0) | trackback (0) |

コメント

コメントする








この記事のトラックバックURL

http://senshoji.jp/senshoji/blog/tb.php/12

トラックバック

PAGE TOP ↑


Copylight(c) 2003 HOHNEN BUDDHISM SENSHOJI TEMPLE, SHUNKAI KAWASOE. All rights reserved.