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ポクポク木魚 no.18  自分が自分であること

ポクポク木魚 no.18

 自分が自分であること

 先日、いつものようにパソコンを立ち上げると、見たことがない青い画面! パソコンの中枢部分であるハードディスクが、壊れていました。メーカーに問い合わせると、部品を替えるしかない重大な問題だとか…。

 頭の中が真っ白くなりました。草創期の二十年前ならいざ知らず、改良された今のシステムが、突然クラッシュするとは。そのときから、パソコンの前に陣取り、復旧作業とあいなりました。二十年間にわたって積み上げてきたお寺や個人の諸資料、写真や原稿の類ほか、重要な資料がパソコンの中に眠っています。データの大部分は別の媒体に保存していましたが、それでも大切なもののいくつかは、壊れたディスクにあります。

 以前の環境、データを取り戻すのに、丸三日かかりました。作業中に、ふと唐突ですが「今の子どもが自殺するのは分かるよな」と独り言を呟いていました。

 私だけではないと思いますが、現代人は、日々の行為の相当部分をパソコンに代表されるデジタル・デバイス(電子的な記録装置とでも訳すのかな)に依存しています。文書を作るだけでなくそれを記録し、毎日のスケジュールを管理し、またインターネットという空間で、カードでものを買ったり売ったり、電話郵便代わりのメールを使ったり、銀行のお金を出し入れしたり。最も大切な自分が自分であることを証明することでさえ、パスワードとIDで管理しなくてはならない。

 たかが、愛用のパソコンが壊れたぐらいで一瞬、自分が誰であるか分からない事態に落ち込む。「何という時代なんだ」とPCを復旧しながら考えました。そこには、例えばメールが代用した手紙の紙の質感、字の伝える個性や暖かみはありません。買い物でやりとりするお店の方との声による会話も、お金をやりとりする場合の儀式めいた人付き合いも、場所のにおいもありません。「川副春海」と言う名前の変わりに、無機的なアルファベットと数字の羅列であるIDとパスワードが自分そのものなのです。

 思春期の子どもたちの自殺や犯罪が、数多く報道されています。社会に出る前にこうしたデジタル・レッスンを受けパスしなくては生きていけない社会。ケータイメールの多寡が、今ここの生きている子どもたちの証。実は、私は「生老病死」という生の実相も、デジタルな空間に放りやられ、リアルな手触りを失いかけているのが現代ではないかな思います。年間百万人近くの方がなくなっているにもかかわらず、子どもの目の前にはどこにも、リアルな死がない社会。バーチャルな空間に自らをおくことによって、これまで考えられなかった利便性を得る変わりに、リアルなものの大半をどこかに置き忘れなくてはならない私たち。人と人とのつながり、「縁」「共生」をいう命題をいつかゆっくり考えなくてはと思っています。(住職

| ポクポク木魚 | 04:25 PM | comments (0) | trackback (0) |

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