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ポクポク木魚 no21   おかげさまで 本紙50号!

ポクポク木魚 no21  

おかげさまで
本紙50号! 

 そんなに気負うことではないですが、お寺の新聞「MOYAi」(前身の寺だより「光明」を含む)が50号を迎えました!
 本紙を読んでいただいている方も、読まなくて仏壇脇に置いているだけの方も、ゴミ箱直行の方も、すべての方に感謝します。ありがとうございます!

 創刊は、今となっては遠い昔、昭和六十二年(1987)十二月です。B5判八ページでした。題字を老僧に書いていただいて、お寺の山号から名前を取って「光明」としました。ややオタッキーな話ですが、版下をMS・DOS時代のワープロソフトの「一太郎」でふうふう言いながら作って、紙に印刷して、それを印刷屋さんに出していました。パソコンはNECのPC9801シリーズでした。当然モノクロ紙面。印刷は、今はもう廃業なさった檀家さんの倉富印刷所、故人になられた印刷屋のオヤジさんに、版下を持ち込んで説明したことを覚えています。内容は、お寺の由緒だとか、多久市在住の作家滝口康彦さん(故人)の掌小説、お寺にゆかりの「核割れ梅」など。当時のドット・インパクトプリンターは印刷が不鮮明でそれがそのまま、仕上がりに出ています。

 第2号が翌年の十二月、3号は平成元年の七月……。当初は一年に一、二度まぁ思い出したように出していたことになります。ワープロ版下を卒業して、活字になったのが平成二年の第5号、表紙カラーになったのは平成四年第8号から、まぁ段々とそれなりに進化しているものです。振り返ればね。

 私が住職に就任させていただいた平成十四年七月の28号からは、名前を「MOYAi(もやい)」と改め、表紙のレイアウトも一新し、表紙・終面カラー、年四回刊、八ページとなりました。

 ずっと前、二十代の頃に佐賀新聞社に勤務していたからか、こうして文章を書いたり、レイアウトする仕事は今も全く苦にならず、編集作業や原稿書きは私にとっては密やかな楽しみなのです。本紙には、あちこちの媒体に書き散らかしている原稿・写真を使い回すこともあって、ほぼ一日で、編集の作業は終わってしまいます。やはりゲラ(校正刷り)が印刷社(ちなみに現在の印刷は佐賀印刷社)から上がってくると、今もワクワクしますね。現在は、こうした印刷物もパソコン技術が進歩してDTPと呼ばれるパソコンだけでできる形になっていますが、このMOYAiは従来どおり、はさみと糊を使って、紙のレイアウトで制作しています。長年やり慣れた方法で作った方が、いいですね。中年は進歩が少ないと反省はしていますが…。

 まぁ今後の目標は、細く長く続けること。「継続は力なり」です。少なくとも百号までは続けたいと思っています。応援下さい。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:36 PM | comments (0) | trackback (0) |

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