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ポクポク木魚 No.25  Oh my骨壺!

ポクポク木魚 25 

Oh my骨壺!


 カトリックの世界であいさつ代わりに使われる言葉として「メメント・モリ」というものがあります。ラテン語で意味は「死を想え」。日常から死について、思いを馳せておかなくてはならないという意味だと想います。解剖学者で東大名誉教授の養老孟司先生の名言に「人間の死亡率は百パーセント」というものもありました。つまり「死なない人間はいない」。

 でも現代人は、死をなにか非日常として、決して自分の身の上ではずっと先のこと、自分には関係のないことと、考えがちではないでしょうか。死を忌諱する傾向が、あるのではないでしょうか。かつて、五十年ぐらい前までは、死は日常でした。戦争で、伝染病で、周りのものが死ぬことは決して珍しことではありませんでした。

 先日、ある陶磁企画会社の社長さんの訪問を受けました。売り物は「骨壺」。自らの死後に入るであろうお骨の壺を生前から、ちゃんとそろえておくべきだというのが、社長さんの主張でした。私も全く異論はありません。明治期の有田焼を再現した色絵などの伝統的な文様が、その骨壺には描かれています(写真参照)。十数万円するそうです。

 骨壺をじっと眺めていると、なにか不思議な気持ちになってきます。死後、自らは極めて楽な世界(極楽)に行き、でもこの世で、きれいな壺にお骨が収められて……。今の私にとっては、自らの死というものを、この骨壺によって、リアルなものとして体感できる……。うーん、様々な思いが交錯しました。一時期、お寺のロビーに、このきれいな壺を置いておいたのですが、でもギョッとしますね。お骨の壺という先入観が、どうしてもわき上がってくる。私も死をどこか遠くのものとしておきたい想いから、離れられないのでしょうか。

 社長さん曰く、「生前中はワインクーラーにも使えます」。うーん、そこまでは、使えないなぁというのも私のホンネ。皆さんは、いかがでしょうか。でもお骨の壺をそろえておくのは、いいと思いますよ。お寺に見本がありますので、興味のある方は、ひと言声をかけてくださいね。専称寺割引で安く買えると社長さんは言ってましたし……。(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:45 PM | comments (0) | trackback (0) |

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