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ポクポク木魚No.33 「住職」って?

 「住職」とはよく言ったもので、「住むのが仕事(職)」という意味になります。人の死はいつも突然です。住職が寺にいないと、なにも始まりません。枕経に始まって、通夜、葬儀、そしてお寺での三日参り、突然、それはやって来ます。常になにがしかのスケジュールを空けておかないと、葬儀は出来ないことになります。うちのお寺で月に二回から五,六回の葬儀があります。そのためにもお寺に常にいるというのが、住職なのでしょう(もっとも、住職という言葉の歴史的な意味は、「住持」つまり、仏の教えを持つという言葉が、住持職となり、住職となったそうですが、それはまぁそれとして)  筆者は、これまでNGOのお仕事で海外へたびたび往復し、浄土宗の任務などで、月に何度も寺を開けていました。講演も月に何度も入れていました。それも、父である老僧が、お寺のお仕事を代わりにやってくれて、「住職」ならぬ「飛び職?」が出来ていたわけです。ただ、父も八十八歳、決して若くはありません。長男は、やっとこの夏、四回にわたる僧侶の研修を終え、十二月に加行(けぎょう)と呼ばれる厳しい修行に入ります。それで、やっと一人前の僧侶として認められると言うことですが、今は佐賀市内の高校で世界史の講師として、毎日学校に通う身で、まだまだ、お寺のお仕事を任せるわけには行きません。  やっと「住職」の境地になったのかなと思うこの頃です。つまり、いつ、檀家さんからご葬儀の依頼があっても、ちゃんと対応できるようになったのかなと。  若いころは、なんで漢文を棒読みするお経を、葬儀や法事によまなくてはならないのか、と悩んだことがありました。この頃、葬儀を執行して思うのは、人の死が厳粛であればあるほど、その別れの儀礼も厳粛であるべきだということです。八十年なり九十年なり生きてきた証として、子や孫、そして知人(高齢化で知人の出席が難しくなったという事実はありますが)が、一堂に集い、手を合わせる、そんな葬儀の必要性を、ひしひしと感じています。また、葬儀は、無くなった方だけのためではなく、遺族の死者への別れ、「死」を受け入れる儀式だとも思っています。  「無縁死」という言葉が流行しています。だれも、死を看取る人がいない人々の存在、生涯未婚率の高さ(現在三十代後半男性で四分の一が未婚です)、離婚率の高さ(三組に一組は離婚しています)などから、無縁死は発生します。でも、筆者としては、縁無き死に際しても、堂々と葬儀を執行したいなと思います。葬と墓の生前契約である専称寺の永代供養墓「菩提樹陵」は、そのためにも存在します。  いずれ増え続けるであろう「無縁死」は別として、葬儀を日常的に主宰して、思うのは家族の大切さです。家族の縁は、切っても切れない存在です。親と子がたとえ別居しようとも、家族は家族です。半ば崩壊しつつある伝統的家族を新しい時代にあった家族として、私たちは創る義務もあるような気がします(住職独白)

| ポクポク木魚 | 11:01 AM | comments (0) | trackback (0) |

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