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死の希望

 日本人の寿命が延びた。高齢社会もすぐそこまで来ている。死についての論議が盛んだ。死についての学問の古典ともいうべき『死の瞬間』(原著は一九六九年刊)の著者キューブラー・ロスは、死に至る心の段階を六つに分けた。「この私が死ぬわけがない」という否認(隔離)に始まり、怒り(何で私だけが)、取り引き(何でもするから助けて)、抑鬱(だめだ)、受容(仕方がない)を経て最期の心の状態に「希望」をおいた◆京大教授で宗教学のカール・ベッカーは、最終的に「生死の意味を求める存在」が人なのだという。人生のラスト・ステージで人はなにものかとつながりを求め、自分なりの意味を創造しようとするという。彼は、研究の積み重ねのうえに、死後の存在を否定するだけの態度は学問としても「幼稚である」と断言する。古来、来世を考えない宗教はきわめてまれである。浄土教と呼ばれる東アジアの仏教各派はいわば、死についての思索の専門店だ。お彼岸の中日に太陽が沈む方角のずっと向こうに極楽が存在する。生と死は「希望」によってつながっている◆芥川賞作家で禅僧の玄侑宗久は、僧侶を主人公にして「死」や「葬」をテーマとする小説を精力的に発表している。受賞作『中陰の花』は生と死の間の柔らかな心の揺らぎにふれて、絶賛を博した。デビュー作『水の舳先』では、末期ガン患者を題材として、生命の根元である水をモチーフに用いながら、来世への希望を描いた。その彼が再度、生の彼岸の物語を書き終えたと聞いた。題して「アミターバ-無量光明」(仮題)。「無限の存在をもう一度感じ取ってほしい」と言う。アミターバとは、いうまでもなくインド古代の言葉で無限の光の仏さま(阿弥陀仏)だ。新作は文芸誌「新潮」十一月号に発表される。(K)

| @Temple | 03:28 PM | comments (0) | trackback (0) |

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