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リスキーな国家



 自殺が新聞で報道されることはまれだ。プライバシーの問題もあって、特異なケースでない限り、ニュースとして取り上げられることはない。しかしこの国では毎日、九十人近くの人々がいただいた生命を自ら終える▼厚生労働省の人口動態調査によると、平成十四年も自殺者数が三万二千人を超えた。平成十一年をピークに戦後最大の増加が続く。漸減している交通事故死者数の四倍、戦時下のイラクで民間人の年間死者数(NGO調査によると開戦後一年間の推定最大一万六百二十五人)の三倍だ。新聞やニュースショーが個々の自殺事例を報道しにくい事柄だけに、根は深い。ある国立研究所によると、男性の自殺者数が七割、特に五十歳代後半の男性自殺件数が人口十万人あたり七十二人と異様に多いと指摘する。働き盛りの憤死である。リストラ男性の自殺は、家族の成員の自殺を未然に防止するという機能も併せ持っていた伝統的家族が崩壊し、人と人とのつながりが薄くなったことと無関係ではあるまい。日本はメンタルな意味でリスキーな(危険な)国家になってしまった▼「生けらば念仏の功つもり、死ならば浄土にまいりなん」(「つねに仰せられける御詞」法然上人)。絶望の渕に放り出され、生活もにっちもさっちも行かなくなり、死の影に覆われそうになった経験を持つ方も多いだろう。そんななか「なむあみだぶつ なむあみだぶつ」と祈りの日々を送った方々もいらっしゃるだろう。「念仏のなかに生き、いのち尽きたならばお浄土に参る。生死ともにわずらいのないいのちを生きる」。究極のお念仏の姿である。人と人とのつながりが薄れた現代にあって、念仏は最後のいのちの下支えなのではなかろうか。高齢社会になり死の影が横溢する現代社会にあって、念仏信仰の意義は深い。(K)

| @Temple | 03:34 PM | comments (0) | trackback (0) |

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