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ポクポク木魚 No.5

 本山で修行しました

 僧侶としては当然のことでしょうが、久しぶりに京都の総本山知恩院で八日間修行をしてきました。「璽書道場」という江戸時代初期から続く伝統的な八日間です。五体倒地の礼拝という礼拝行を繰り返し、木魚念仏と浄土三部経を輪読する午前五時から午後七時半まで六回の法要と一日三回の講義、精進料理の食事、大広間に雑魚寝、自由な時間がほとんどない道場の日々。すべての情報から遮断され、食事中も私語をつつしみ、念仏・祈りに意識を集中する毎日でした。

 「見仏」体験という浄土宗の僧侶特有の神秘体験があります。木魚をポクポクたたきながら念仏を唱えたり、五体を駆使する礼拝の行などで数十日をすごしたという究極の修行者にまれに現れる現象です。(今回のようなわずか数日の修行ではほど遠い体験ですが……)、アジアの宗教は心と体の相関関係の中にこそ存在すると思います。声と体を究極にまで痛めつける念仏の修行、その神秘体験を単に脳の中だけの現象と矮小化しようとは思いません。鎌倉期から江戸時代そして近代まで多くの念仏者が、自由に仏と遭遇し極楽世界を意識状で体験したという報告を読むにつけ、私たちの生きる現代という時代の特殊さを感じざるを得ません。近代という檻に私たちは縛られて、生きる世界を極端に狭めているのではないか、実は人の死を極端に矮小化してしまっているのではないかと、ご本山で礼拝しながら思いました。

 舌足らずの表現で済みませんね。いずれゆっくり「大論文」でも書きます。ちなみに修行で少しは体重が減るかと期待していましたが、規則正しい食事、精進料理をよく噛んで頂いたからか、わずか一キロしか減っていませんでした。(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:50 PM | comments (0) | trackback (0) |

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