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いのちの終わりに感謝

 人生の最後をどう迎えるか―そんな話題が、ここ数年、マスコミを賑わせるようになった。世間の潮流を作るといわれる団塊の世代が、高齢者の仲間入りを始めたからだろう。ついにというか、Jポップの世界でも、死とその別れをテーマにした曲が昨年、大ヒットした◆シンガーソングライター植村花菜(27)が歌う「トイレの神様」である。この曲は、小三から二十三歳ぐらいまでの「おばあちゃん」との交流とその別れを歌い上げたもので、ポップスの世界では異例の十分近い自伝的大曲である。昨年一月、FM局で流れ、即座に大反響を呼び起こし、三月にはアルバムにも収録され、植村さんはNHK紅白歌合戦に初出場を果たした。小さなころ、祖母からトイレには女神様が住んで、いつもきれいにしたら「べっぴんさん」になれると教えられた。思春期になった彼女はおばあちゃんとぶつかり、そして上京し歌を歌い始めた。そのおばあちゃんが、入院していのちの終わりを迎えそうになった。見舞いした翌日、亡くなった。「恩返しもしてないのに いい孫じゃなかったのに」と悔やむ。◆人の死は、感謝である。仏教は「我」特に、執着、我執を否定し、人は縁に生きると教える。様々な絆、縁のなかで私たちは生かされていると教える。その縁、特に家族としての縁に感謝する場が葬儀である。むろん、弔いの儀式は、死者を追悼し、涅槃、特に西方浄土におもむかせる儀式である。しかし、本人にとっては自らの生、それを支えてくれた縁に感謝し最期を迎え、葬送の儀礼は参列者が、追悼の誠を捧げるとともに、個人とのご縁に感謝する「ありがとう」「さようなら」の儀式だと思う◆「トイレの神さま」の最後は「おばあちゃん ありがとう」の繰り返しで終わる(K)

| @Temple | 03:57 PM | comments (0) | trackback (0) |

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