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横難横死に

 東日本大震災で、日本人は二万数千人の死を共有した。戦後の混乱期以来という未曾有の災害だ。各地で、犠牲者、行方不明者の追悼の儀式が行われている。横難横死の人々に対し、一心に祈っている姿がマスコミでも紹介されている◆この悲惨な災害が、日本人の死生観、他界観に決定的な変化をもたらすのではないかと思う。だらだらとした日常のなかで、「生きていることのみ重要で、死は棚上げにして考えない」という日本人の風潮が変わる。延々と続くがれきのなかで、数多くの死を目の前に突きつけられ、死を常に考え、死とは何か、死とともに生きることを考え始めた。法然上人の時代も、戦乱に明け暮れ災害も頻発した。死が身近にあった時代だ。京都・祇園川のほとりに、死体が散乱していたという。そんな死が横溢していた時代に、上人は南無阿弥陀仏と申すすべての人の浄土往生を説いた。法然上人はこう記した◆「人が死ぬときのことなど、日ごろの考え通りにいくものではありません。往来で突然倒れて死んでしまうこともあれば、お手洗いで用を足している最中に死んでしまうこともあります。これまでの行いに端を発して、刀などで切られて命を失うこともあれば、火事のために、あるいは水におぼれて命を失うことも多くいます。しかし、たとえ、そういう死に方をしても、日ごろからお念仏を称え、極楽へ往生したいという心さえ持っている人ならば、今まさに息が絶えようとしているそのときに、阿弥陀さまは観音菩薩、や勢至菩薩と共にお迎えに来て下さると信じ、思い定めるべきです」(往生浄土用心)◆犠牲者に祈る日本人の意識に、震災の犠牲者が犬死にではなく、死後の安寧を求める思いが、胚胎し始めたのだ。往生を求める浄土観の復活の始まりだと思う。(K)

| @Temple | 03:58 PM | comments (0) | trackback (0) |

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