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交換から贈与へ

 3・11東日本大震災・東電福島原発事故から一年経った。震災以来、自らの心のなかに「一から考えなくては」との思いが募った。思想史、経済史の本を片っ端から読みあさった。学生のころに戻ったようだった◆15世紀のスペインの海洋制覇、オランダの時代を経て大英帝国が世界を制覇した。そして第一次大戦後、米国が覇権を握った。21世紀の今、アメリカが次第に衰退し、米ドル基軸体制いや近代そのもの、つまり合理主義、資本主義、啓蒙主義、科学万能主義が終焉を迎えつつある。ポストモダンの時代こそわれわれの時代だ、という。西欧の『旧約聖書』以来のキリスト教的世界観、自然は克服すべき対象であり、人間は神と対話できる強靱な自我を持つ「自立した個人」でなくてはならない、人間は自然から超越した優秀な存在であり人間以外のものは、人間にとっての道具である=人間中心主義(啓蒙主義)だというのだ。しかし、フクシマの爆発は、自然を制圧しようとした人間への警鐘ではなかったか。リーマンショックに代表される米国経済の崩壊は数式(近代そのもの)に過度に依存した果ての、暴走ではなかったか◆日本的な世界観では自然は恵みである。温暖な気候に生きる日本人は、自然に対し常に感謝を忘れない。時に、自然は、今回の大震災のように暴力をふるう。それでも、私たちは自然の恵みに生きていることを決して忘れない。自然からの「贈与」で生きている。これは決して近代経済の言う「交換」ではない。資本主義経済は、貨幣を媒介としてすべては「交換」で成立している。これから超高齢社会に向かう日本は、近代(市場万能)の先を常に見据えなくてはと思う。砂漠で生まれた一神教的世界ではなく、森で生まれた仏教など多神教の教えはますます重要となると確信する。(K) 

| @Temple | 04:01 PM | comments (0) | trackback (0) |

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