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作法としての仏教

 日本仏教は、生活の作法、生活の型ではないかと、このごろしみじみ思う。キリスト教、イスラム教など一神教の信仰は、死を賭けて守るものだ。すべて日常は神とともにある。しかし、日本仏教は、様々な仏だけでなく、先祖信仰、山岳信仰などとの繋がり元にある。多神教の一つが仏教なのだ◆日本の伝統芸能は、「型」がすべてだ。基本的な型を何度も何度も本当に身につくまで繰り返す。知的な理解は、型・作法があって初めて付いてくる。多神教としての仏教もそうなのではないか。正月、節句、お盆、くんち(秋祭り)など年中行事に、父母に教わったとおりに、「祭り」を繰り返す。朝太陽を拝するものもいる。毎朝、仏壇に線香を上げ、南無阿弥陀仏と称える、こんな生活作法が、日々重なって、「信心」に育っていく◆日本はこれから長い成熟社会(成長無き社会)に入っていく。こんな時代だからこそ、森の神、海の神など八百万の神と共生してきた日本仏教の「静かな」教えが必要になってきているのではないか(住職)

| @Temple | 12:14 PM | comments (0) | trackback (0) |

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