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藩政期の終わり

 藩政期とは江戸時代のこと、今さら江戸時代が終わったとは、何事なのと考える方が多いでしょう。でもお寺の周辺には、江戸時代から受け継いだ制度、儀礼、風習だらけだったんです。その江戸時代からの様々なものが、もうほぼ終わったなぁという感慨があります。
 まず「名家」が無くなくなりました。というより「家制度」が青息吐息の状態です。昭和四〇年代までは、お盆のお参りに行くと、お座敷の床の間に、数百年前からの位牌をずらっと並べて、お祀りしている家がいくつも多久にはありました。それが絶滅しました。江戸時代に多久家・上級武士の家の由来を調査して冊子にまとめた「水江臣記」という古文書があって「多久古文書の会」によって、読みやすい活字本になっています。これを見ると鎌倉期以降の家の歴史をちゃんと後世に伝えている。そんな名家が、今はもう絶家したか、多久を離れて全国に分散しています。家の歴史を知る現代人がどれほどいるでしょうか。そもそも家制度が、戦後民法でずたずたになってしまっています。
 経済学の話になって恐縮ですが、「土地」「貨幣」「労働」すべてが商品として流通するのが自由主義経済です。それが、現代の新自由主義経済となって、極端になっている。土地は、とりあえず住む場所としてしか意味をなさず、投機の対象ともなります。貨幣(お金)も日本円から米ドル、ユーロなどあらゆるお金に交換でき、外貨貯蓄も盛んです。労働だって一昔前は、一生同一の会社に「奉公」するのが当たり前の時代から、トラバーユするのが当然。そんな時代思潮になっています。すべてがカジュアル(一時的な)ものになってしまったのです。
 少し行きすぎだとは思いませんか? 「私はこの町に生まれた。それは父がこの町に生まれたからだ。私の子もこの町に住むだろう」という言葉が、私は好きです。一時期定住社会という言葉が流行しましたが、現代は定住どころか、仕事がある場所に流浪する流民社会となっているのではないでしょうか。
 地域の様々な風習、制度は、江戸時代からはるか遠くなってしまいました。ただ、お寺の中、つまり様々な仏教儀礼は、鎌倉時代の文章をとなえ、安土桃山時代に成立した日常経典をあげるなど、そのまんま残っています。また、現代人にも心の奥底には、日本人特有の他界観(御先祖様を大切にするとか、死んだら極楽に行くとか…)があると疑いません。
 ある社会学者は「家名」「家産」などを大切にし継承していく伝統的家庭制度が終わった、と書きました。確かにそれは事実です。老人介護も、出産も病気療養もすべてが、お金を媒介として、家から外に出てしまいました。ただ、旧民法時代の大家族制度には、たとえば都会で食いつめた者を居候として、迎え入れるおおらかさがありました。ある種の福祉制度が大家族のなかにはありました。現在、家族は縮小の一途をたどっています。ただただ、私は自らのいのちの拠り所として、家族を大切にしてほしいと思っています。(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:09 PM | comments (0) | trackback (0) |

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