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ポクポク木魚 no.11  四十九日のお参り

ポクポク木魚 no.11

 四十九日のお参り

 決して変な神秘思想にかぶれているわけではありませんが、お葬式が終わって初七日から四十九日まで毎週、喪家におうかがいして、お座敷におまつりしてある仏さまに「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」とお唱えしておりますと、やはりお位牌のあたりに、亡くなられた仏さまがいらっしゃるような気がしてなりません。

 おかしな表現ですが、仏さまに対して毎週、「お元気ですか? ちゃんと極楽の方にむかってらっしゃいますか?」とお伺いを立てているような心持ちで、お参りしております。

 あまり大きな声では言えませんが(?)、インドで生まれた仏教そのものは、明確に魂の存在は否定しています。仏教の究極の目標は仏さまになること(成仏)であり、ホトケになったものは、単なる霊魂ではなく、インド特有の輪廻(「りんね」と読みます。これを説明すると長くなりますが、要するに生まれ変わりの考え方)から解脱することができるといいます。しかし、同時に中有(ちゅうう)という、この我々の住む世界と、彼岸つまり極楽の間に生でも死でもない世界をも考え出しました。四十九日の法要は、中国で考え出され日本で発展したもので、インドに起源を持つものではありませんが、その中有のありかたをそのまま儀式にしたものです。まぁ、霊魂といって悪ければ、「半分仏さま」といった状態が、四十九日の間といったらいいでしょうか。

 四十九日の儀式は、仏壇に亡くなられた仏さまが今、そこにいらっしゃることを前提として進みます。仏さまのご飯やお菓子、お花などをお供えして、阿弥陀如来さま、他の多くの仏さま、そして白木のお位牌に宿っておられるだろう新仏さまに、手を合わせて南無阿弥陀仏つまり「阿弥陀さまどうぞお守りください、お助けください、成仏させてください」と祈ります。私たち僧侶がお読みするお経も、今となっては日本語の音としては、全く意味を持ちませんが、実は、仏さまに極楽の様子を語って聞かせるという意味を持ちます。「浄土三部経」と呼ばれる「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」いずれも極楽の様子を説いたものです。

 近年流行した「臨死体験」のまじめな研究書を読んでいますと、仮死状態になったとき、「自らが自らの身体から離れ、上から見ていた」といった証言を読むにつけても、数千年と信じられてきた中有思想って、決して絵空事ではないかもしれないと思っています。
 まぁ、そんな思いで毎週、喪家の仏壇でお経を上げ、南無阿弥陀仏と唱えています。どうぞ、みなさまも、お参りするときには南無阿弥陀仏と声に出して、お参りしてくださいね。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:06 PM | comments (0) | trackback (0) |

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