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ポクポク木魚 NO.17 関西多久会

ポクポク木魚 NO.17

関西多久会

 関西地区に住む多久出身者で作る「関西多久会」に呼ばれて、この十一月、講演をしました。遠くに出かけて、いつもの話をするのもおこがましいなぁと思い「困ったな」と頭をかきながら考えて「本庄町の小さなスタジオから」という題で小一時間お話をしました。本庄町とは、私が出演するNBCラジオ佐賀の地名。パーソナリティとしての体験をお話しできないか、佐賀や多久の現状を少し話せないか、無い知恵を絞りました。

 多久や佐賀など県内の中心商店街は今、ボロボロです。佐賀市の白山商店街など、今やシャッター(閉店)率三割といわれています。多久駅前は元気な商店が数えるほど。いろんな原因が考えられますが、購買圏の広域化、高齢化・人口減が主な原因でしょう。多久市は、高齢化率(六五歳以上の高齢者の割合)がなんと、二六・〇%(四人に一人!)。これって、日本の二〇二五年の姿を先取りする超高齢自治体なんですね。今、多久では老人施設が雨後の竹の子のごとく出現ラッシュです。

 人口減も激しいです。今、多久市はなんと二万二千九百人しか住んでいません。「市」と称するのが恥ずかしいぐらい。うーん、市成立時の半分以下。私の実感では二万人以下になるのも時間の問題と思ったりしています。現実に、多久ではバス路線は廃止され、近い将来、集落の消滅や学校の統廃合なども可能性がでてきました。

 一方、郊外立地の大規模アーケードが続々立地しています。今日(十二月八日)も佐賀市で大型ショッピングセンターが開店したという新聞記事を見ました。中心街の空洞化は車がほぼ一人一台になったということと関係がありますな。多久市では自家用車の所有率が一世帯あたり二・〇台。一世帯二人ちょっとなので、一人一台を達成しています。つまり、多久では「タバコを買いに行くのも車」という時代になっているんですわ。

 農家の減少というのも、多久の風景を変化させています。多久市では、農家は今や全所帯の2%(専業農家の割合)。田舎は人と人とのつきあいが濃いというのが定番でした。でも田舎でもサラリーマン化が進むということは、どうしても近所づきあいの「東京砂漠化」が進むのですね。悲しいけど縁薄い時代になったものです。

 今年あたりから、団塊の世代の大量退職が始まっています。佐賀県や多久市では地元出身者に「帰って来いよ~っ」という施策が始まっています。県は「ネクストステージ・プラン」で帰郷起業支援、市は財政難にもかかわらず「一家そろって多久に家を建てると百万円プレゼント」ということを始めています。

 お坊さんとしての私の仕事は、こんな多久に人と人との「縁」、家族の縁を取り戻すきっかけ作りだと思っています。地域のおつきあいの核としてお寺ってとても好都合にできています。お仏壇だって、家族が家族である基本ですよね。地域の人とたまには酒を酌み交わし、家族の団らんを大切にする、基本だと思いますよ。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:23 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.16  死の準備教育

ポクポク木魚

 死の準備教育

 友人で曹洞宗の僧侶が、佐賀県立病院好生館のホスピス病棟で平成四年から「ホスピスをすすめる会」を結成し、ボランティアで末期ガン患者などの支援をしています。ホスピスとは好生館の場合、正式には「緩和ケア病棟」と称されます。ご存じのかたも多いと思いますが、人生の終末期に「無理な」延命治療を行わず、痛みの緩和などを中心に処置を行う病棟です。好生館のホームページにはその理念として、こんな方針が出ていました。

 「一、苦痛症状の緩和に努め、QOLの向上を図ります。/二、自己決定を尊重し、患者さまご家族の思いに添う看護を提供します。/三、大切なひとときを自分らしく過ごせるように支援します。/四、ボランティアを含む医療スタッフがチームとして患者さまご家族をサポートします。」
 「QOL」とは、医療用語でQuality of Life(人生の質)の略語で、患者の日常生活をどれだけ苦痛の少ないものにするかという意味ですね。

 その彼は、法衣姿で、このホスピスに出入りし、患者さんの悩みなどを聞くボランティアをしています。「ちゃんとお話を聞かせていただくまでに十年かかりました」と彼は言います。「病院は病気を治す場所。死と関わり合う僧侶が、法衣で病院に出入りするなんてもってのほか」という一般的な意識の中で、死と直面する末期ガン患者、病棟関係者とちゃんとした信頼関係を構築するのに、とても苦労したそうです。現在は、さまざまな患者さんの心の悩みに連れ添って、活躍しています。

 彼が、その「ホスピスをすすめる会」で取り組んでいるのが、「死の準備教育」。小中学校を対象に、「死」について学びあうものです。先日、彼と一緒に、その講座に参加しました。場所は多久東部中学校。彼らはこの学校ですでに年六回のペースで講義を行っていますが、今回は小学生五年生、中学二年生、それに指導者役として佐賀県立看護学校生が集まってのワークショップ。全部で百数十人いました。体育館でゲームをしながら、十人前後の車座になって話し合います。最初は「今したいこと」「今欲しいもの」。「ケータイ」とか「iPod」などの答えが続きます。あるとき指導者役の看護婦さんの卵から、「あとひと月の命とお医者さんから言われたらどうする」と質問が。面食らった子どもたちはかなり考えたようです。である子は「やっぱりお父さん、お母さんと一緒にいたい」。

 彼によると、この講座を始めて、学校の先生方にとても感謝されるそうな。「子どもたちが変わり、保護者や先生方も真剣に考えてくれる時代になればいいですね」といいます。「人生に終わりがあるからこそ優しくなれる、家族を大切にする」、私自身もそう思います。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:20 PM | comments (0) | trackback (0) |

「生命教育」のツール

各地の定時制高校で「いのち」についての講話を続けている。たまに子どもたちの感想が、礼状と共に届くことがある。こんな文章が記されていた。「講演を聴いて『生まれるとき、赤ちゃんだけ泣いて、周りのみんなは笑っている。死ぬときは、周りのみんなが泣いて、自分ひとり笑っている。そういう風に生きなさい』といった母の言葉を思い出しました」▼何とすばらしいお母さんなんだろう、万巻の書にまさる母親の言葉なのだろうと思う。いわば偏差値敗者で、周りは不登校やリストカットに自殺未遂、そんないのちの揺らぎに直面することが多い高校に通う子どもだからこそ、こんなすごい反応をしたのだと思う▼中学校で「死の準備教育」を続けている友人に誘われて、小学五年生、中学二年生、看護学校生とともにいのちを学ぶワークショップに参加した。体育館に全員が集合し、八人程度のグループに分かれる。看護学生が司会し「今欲しいもの」「今したいこと」などをしゃべりあう。十五分ぐらいが経過して、司会役が「あと一ヶ月のいのちとお医者さんに言われたらどうする」と切り出す。ポカンとする小学生、「お金をいっぱい使う」という中学生、看護学生が自らが事故で死にそうになった体験を話し出した。ゆっくりとした時間が流れ「やはりお父さん、お母さんと居たい」と中学生が言う。生命の始めも終わりも、家族と共にあると、この中学生は実感したのかもしれない▼お葬式もお墓も実は、生命教育の見事なツール(道具)であることにお気づきだろうか。実体のある人の死に触れて初めて、子どもたちは、生の有り難さを思う。「神殺しの日本」(梅原猛)にあって、伝統的葬送儀礼や墓制が、いのちを見つめる場であり続けてほしいと思うのは筆者だけではあるまい。(K)

| @Temple | 03:42 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚  no15  講演のこと

ポクポク木魚
 no15
 講演のこと

 お寺の坊さんで、長年ラジオで番組を持っている―講演にうってつけと思われるのかどうか分かりませんが、この頃、あちこちで講演に走り回っています。お寺の本堂でする「法話」は、相変わらず下手なのですが、講演なら「まぁいいか」と依頼されるまま、様々な場所でお話ししています。対象も種々雑多で、幼稚園の父母の会に始まって、各種PTA、女性セミナー、高齢者教室、「いのちの教育」シンポ、地域おこしシンポ……。変わったところでは、建設会社やトラック協会のの安全大会、警察署の捜査員研修なんてのもありました。

 月に何度も講演の場を踏んでいると、度胸も尽きますね。聴衆が何百人いようと、数人であろうと、場の雰囲気にあったお話を心がけようという気になってきます。

 とは言っても、そうそう話のネタを数多く持っているというわけではありません。数種類のネタを、対象に合わせる形で、少しずつ変化させて、講演の原稿を書いていきます。高齢者の場合、この頃、「死」について、といういってみれば深刻な主題を、ユーモアを含めてお話しするようにしています。「人生ノート」というこれまでの振り返りをできるようなシートを、資料として配付し、書いてもらったり、近年の家族や地域の形の変化を、パソコンの画面を投影しながら、ご説明したり。そんななかで、「縁」の大切さを、強調するようにしています。

 海外交流関係の、お話もします。バングラデッシュの生活を、統計を使いながら、日本と比べて理解してもらったり、海外の体験を交えて、日本や日本人のおかしなところを指摘したり、先日は、高校生対象にワークショップ形式で、地球の豊かさ、貧しさを理解してもらったりしました。
 「食」の話もよくします。「小学校五年生五千人に聞きました」というNHKの調査がありますが、そのなかで、「一日の食事の中で一番楽しみにしている食事はいつですか(学校給食がある日)」という質問で、なんと38%の子どもが給食が一番と答える事実(すごいことですね、家庭の団らんが壊れかかっているのでしょう)などを示して、お母様方に、給食に負けないようにしてくださいと呼びかけています。いずれも、仏教の言う「縁起」をもとに、人と人との「縁」について、分かっていただけるような話を、下手ながらやっています。

 恥ずかしながら、うちのお寺でまだ、法要の時に法話も講演もしたことがなくって、「なぜだ」という声が聞こえてきそうです。近いうちに、デビューできるように、がんばります。お待ち下さい。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:18 PM | comments (0) | trackback (0) |

「家族再現」儀礼

国立人口問題研究所は、現在三十歳の未婚女性の半分、三十五歳未満の約七割が、生涯結婚せず未婚のまま一生を終えると推定する。女性の生涯未婚率は、近い将来一五%を超え、場合によっては二割を超すことも十分現実的だという。男女ともに五人に一人は一生独身という社会、これは家族の崩壊以外何ものでもないのではないか▼詩人で評論家の吉本隆明は新刊の家族論で「母親が(子育てに)『面倒だ』とか『厄介だ』という思いで赤ちゃんと接したとすれば、それこそ、もうあとになっては取り返しのつかない悪影響が出てしまう。『男女同権』の結果として生じた出生率の低下は、もっと重大に考えなければいけないことになる。これはお説教の意味は少しもない。事実の意味で触れているだけだ」(『家族のゆくえ』光文社)と警鐘を鳴らす▼一周忌、三回忌など伝統仏教が大切にしてきた年忌供養は「家族の再現」の儀礼だと思う。むろん、経をとなえ、香を焚き、花を供えて亡き家族の一員を追善供養する儀式ではある。しかしそれとともに、かつて故人と一緒に、兄弟姉妹として、また親と子、夫と妻として食卓を囲んだ家族、親族が再び集い、食を共にするという意味こそ、現代社会では重要なのだ。読経、法話をおえ、御斎(おとき)の席に着き、在りし日の食卓を再現する。調理の「火」を共有することが、家族という単位の条件であるならば、定期的にホトケとともに食し合う儀礼とは、連綿と続くいのちの連なりを確認し、家族の親和性を認め合う場であり、また亡き父母の面影を追い、ホトケの前で息子は父のように、娘は母のように生きることを学ぶ場なのだ。▼家族の崩壊に瀕するこの国で、いのちの連なりを再確認する場をもつことはとても大切だと思う。(K)

| @Temple | 03:41 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No.14  法事の深い意味

ポクポク木魚

 法事の
 深い意味

 亡くなったおじいちゃんやおばあちゃんの法事は、なぜ営むと思いますか?? 「ご先祖さんを大切にしなさいと聞いてきたから」「ずっと前からやってきたから」……、様々な理由で数百年の間、私たちは一周忌や三回忌などを行って、家の仏壇の前に祈ってきました。仏教の教えとしては、「追善供養」という意味で「故人をしのんで、お墓に花をあげ、仏壇に香をたき、お経や念仏を称える善きことを行って、亡くなった方の冥福を祈る」という意味があります。

 しかし、もう一つ、深い意味が現代の法事にはあるような気がしてなりません。それは、自らと亡くなった方の命のつながりを確認して、参列者全員の命と命のつながりをみとめ、さらには自らのこれまで、そしてこれからを見つめなす儀式ではないかと思います。一昔前、家族は一緒に住み、親族も近くに住み、兄弟姉妹と緊密な関係にありました。村の中で、親子、兄弟姉妹が貧しいながらも、濃密な関係を結び相互扶助の生き方をしていました。しかし今はどうでしょう? 二人家族が平均的な家族像、お父さんは単身赴任、子どもは大学で都会生活の家庭が多くなったのではないですか? 離婚も増え、子どもは一人か二人。親族も日本中に広がり、つきあい深い親族が地域には少なくなった。家族が家族であることを実感を持って味わう場が、なくなってしまいました。命のつながりが希薄になってきたのではないでしょうか。

 法事とは、定期的に集って、父と子、母と子、兄弟姉妹、こうした命の連鎖を実感し、故人に対して感謝を申し上げ、祈るる場の様な気がします。命とは、自らだけのものではない。みずから選び取ったものでもない。与えられたものです。いただいたものなのです。それも家族という場ではぐくまれたものです。こうした至極当たり前ながらも、つい忘れてしまっていることを再び確認するのが法事の席だと思います。(まぁ、親戚が久しぶりに集まって酒を飲み交わして、旧交を温めるのも大切ですが……)。

 さらには、一緒に席に付き、食事を食べ合うことも、自分が子ども時代は当然のごとく、親と食事をしたはずです。その再現、つまり、故人とその子ども、孫が、一緒の席について、ご飯を食べる。ここにも「家族の再現」という深い意味があるような思いにおそわれます。南無阿弥陀仏とは、声によって仏さまに呼びかける言葉です。感謝の思いを、亡くなった父母、祖父母に捧げる声です。こんな思いで、次の法事の席におつきになったらいかがでしょう。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:16 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no. 14  ラジオ・パーソナリティ

ポクポク木魚 no. 14

 ラジオ・パーソナリティ

 佐賀市の住宅地のなかにある小さなラジオ局・NBCラジオ佐賀で自分の番組を持ち始めて、十三年になります。ひょんなことからパーソナリティという名の番組の進行役になって、最初は局の「主戦力?」として、放送の世界で「朝ワイド」とよばれる三時間のワイドショーを担当していたのですが、さすがに局ではもう最長老??近く、お寺も忙しいこともあって局にわがままいって、今は金曜日の夕方、一時間程度の番組を、ちょっとだけ持っています。

 一年間で約五十回、最初のころは週二~三回出演していたこともあり、もう七百~八百回、スタジオや屋外の公開放送に足を運んだことになるでしょうか。数えてみれば、これまで番組にゲストで出演していただいた方だけでも、有名無名の地域の人々、千人をはるかに超えていることになります。

 最初のころこそ、分秒単位の番組の進行に面食らって、あわやCMを落としそうになったり、時間配分を間違えたりのドタバタがあったのですが、今はもう「佐賀弁」でゲストの方々と丁々発止の時間を過ごさせていただいています。

 番組の制作にたずさわってみて、「みんな元気なんだなぁ。一生懸命がんばっているんだなぁ」と思ってしまいます。若いディレクター(番組制作責任者とでも訳すのだろうか)君が設定してくれるゲストさんだけあって、そのときごとに話題になっている方ばかり。地域に誇りを持ち、自らの役割や仕事に懸命なゲストの方々のお話を伺うと、とても「元気」の素をいただきます。

 様々な方々にお話を伺ってみて、「現場」で生きてらっしゃる人って素敵だなと思います。何十年もその道一筋の職人さん、漁師さん、お百姓さん……。現場でしか知ることのできない知恵だとか、醍醐味とか、短い番組のなかで、お話ししていただいたときは、とても嬉しくなってしまいます。

 逆に「ひょっとしてこの時代は病んでいるのではなかろうか」と思うこともあります。事件の現場に関係する人、福祉や教育の現場に立ち会っている人、そんな方々から、この時代の現場のひずみを聞くとき、ため息がでることさえあります。放送は時代の鏡だからそうなのかもしれませんが、地域の、そして時代の明暗をお伝えできた、それで十二分に役割を果たせたかなと思っています。
 ことし、番組は金曜日の午後三時半から、周波数は1458 KHz。佐賀県内、福岡の筑後地方は聞こえるはずです。お暇だったらどうぞ。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:13 PM | comments (0) | trackback (0) |

祈りの伝承

 家庭での食の崩壊が著しいという。子どもや若者に欠食、孤食が常態化した。スナック菓子の朝食、家族がそれぞれ別のコンビニ弁当を食べる夕食、こんな「異常」な食生活がはびこっているという。NHKによると家族そろって食べるはずの夕食よりも、学校での給食を「一番楽しみにしている」と答えた小学校五-六年生が四割近いのだそうだ▼食の変貌の背景には、家族の縮小という大きな社会的変動が存在しているから、やっかいだ。ことによると、仏壇、神棚のある家庭というのも、少数派に転落しているのではないか。「仏壇のある家はおじいちゃんの所」と感じる子どもが大半ではないか。食前の「いただきます」に始まって、幸福を希求する祈り、不安のなかで何ものかを求める心の底からの合掌、現代家庭のなかで子どもたちは、大人の祈りの姿を目撃することさえ、少なくなっている▼食の教育はまだいい。学校で教えることができる。しかし、宗教心をどう伝えたらいいのだろう。公教育で教えることは禁じられている(日本国憲法20条3)。元来、火と食を共有しながら、つまり囲炉裏やちゃぶ台の周りでこそ伝達、伝承されたいのちについての教えと学びを何にゆだねたらいいのだろう▼おじいちゃん、おばあちゃんがたへ、どうぞ年始のお墓参りにお孫さんを連れて行ってほしい。お正月にかわいい孫がやってきたら、年が改まることの清明さを教えてほしい。仏壇に手を合わせることの大切さを教えてほしい。先だった家族の横顔、家の歴史を伝えてほしい。人は「モノや情報」だけで生きていくと勘違いし始めたケータイ世代やその子どもたちに、いのちについての骨太のメッセージを伝えてほしい。いや、そうすることは、長年生きてきたものの責任だと思う。義務だと思う。(K)

| @Temple | 03:38 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No12  本山参り

ポクポク木魚
 本山参り

 「あのぉ、すみません。その日はあいにく住職が本山に参っているもので、法事ができません」と、たまに檀家さんの法事のお願いに日にちを変更させていただくことがあります。一般的な(世間的な)感覚だと、住職が本山に行くという場合、衣と袈裟をつけて、修行や儀式に参内するというイメージが強いのですが、現実は、ちょっと違います。

 浄土宗に限らず、各宗派は宗教的な中心である(総)本山の他に、行政組織である宗務庁というものをもっています。明治以来、そこには宗議会があり、そこで議決された宗の規定で動く宗務庁組織が存在します。私の場合、総本山知恩院に参内する場合には、法衣で行くのですが、宗務庁に行く場合には、なんとネクタイとスーツ姿なんですね。宗務庁には、やはりスーツ姿のお坊さんが東京と京都に分かれて数百人勤めてらっしゃって、まぁ会議の時にはお念仏で始まりお念仏で終わるという恒例の儀式をのぞいては、その雰囲気も、普通の団体とあんまり変わらないのではと思います。何となく役所みたいなイメージはしますけどね。ちなみに、浄土宗の場合は、宗務総長という方がトップで、その下に総務局、教学局、社会国際局、財務局、文化局、総長公室、人権同和室という組織があります。

 で、住職はたびたび寺を留守にさせていただいて、何をやっているのでしょうか(法事の日程を変更させていただいた檀家さん、ごめんなさい)。私の場合は、昔マスコミですこし仕事をしていたということで、広報関係の委員会に呼ばれることが多いですね。今も皆様の手元にたまにお送りする「かるな」という小冊子の編集委員長とか、浄土宗新聞のコラム編集委員会とか、出版委員とか広報委員とかあれこれ拝命しています。このごろ忙しいのは、浄土宗の平和に関するすべての活動を行う浄土宗平和協会という団体の事務局長を四年前からしており、これが忙しいったらありゃしない♪。

 イラク戦争とか、アフガン戦争とか戦争に対し宗教者として何をできるかというとっても難しいけど、おもしろい仕事です。今、バチカンのローマ法王庁やアジアの仏教団体と「平和の祈り」という催しを開催しようかと、皆さんと考えています。また、今回のインド洋津波では浄土宗寺院に募金をお願いし、一五〇〇万円もの浄財をいただき、国連のなかのある団体を支援しました。また「念仏平和募金」という名前で、やはり募金をお願いし、国内のNGO(非政府組織)の援助をやっています。

 檀家の皆様とは直接関係ないことで、本当に恐縮します。ただ、平和や、仏教、そしてお念仏に、住職もたいした力はありませんが、少しは貢献しているということをご理解いただけないかなと思っております(住職)。

| ポクポク木魚 | 04:10 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no.11  四十九日のお参り

ポクポク木魚 no.11

 四十九日のお参り

 決して変な神秘思想にかぶれているわけではありませんが、お葬式が終わって初七日から四十九日まで毎週、喪家におうかがいして、お座敷におまつりしてある仏さまに「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」とお唱えしておりますと、やはりお位牌のあたりに、亡くなられた仏さまがいらっしゃるような気がしてなりません。

 おかしな表現ですが、仏さまに対して毎週、「お元気ですか? ちゃんと極楽の方にむかってらっしゃいますか?」とお伺いを立てているような心持ちで、お参りしております。

 あまり大きな声では言えませんが(?)、インドで生まれた仏教そのものは、明確に魂の存在は否定しています。仏教の究極の目標は仏さまになること(成仏)であり、ホトケになったものは、単なる霊魂ではなく、インド特有の輪廻(「りんね」と読みます。これを説明すると長くなりますが、要するに生まれ変わりの考え方)から解脱することができるといいます。しかし、同時に中有(ちゅうう)という、この我々の住む世界と、彼岸つまり極楽の間に生でも死でもない世界をも考え出しました。四十九日の法要は、中国で考え出され日本で発展したもので、インドに起源を持つものではありませんが、その中有のありかたをそのまま儀式にしたものです。まぁ、霊魂といって悪ければ、「半分仏さま」といった状態が、四十九日の間といったらいいでしょうか。

 四十九日の儀式は、仏壇に亡くなられた仏さまが今、そこにいらっしゃることを前提として進みます。仏さまのご飯やお菓子、お花などをお供えして、阿弥陀如来さま、他の多くの仏さま、そして白木のお位牌に宿っておられるだろう新仏さまに、手を合わせて南無阿弥陀仏つまり「阿弥陀さまどうぞお守りください、お助けください、成仏させてください」と祈ります。私たち僧侶がお読みするお経も、今となっては日本語の音としては、全く意味を持ちませんが、実は、仏さまに極楽の様子を語って聞かせるという意味を持ちます。「浄土三部経」と呼ばれる「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」いずれも極楽の様子を説いたものです。

 近年流行した「臨死体験」のまじめな研究書を読んでいますと、仮死状態になったとき、「自らが自らの身体から離れ、上から見ていた」といった証言を読むにつけても、数千年と信じられてきた中有思想って、決して絵空事ではないかもしれないと思っています。
 まぁ、そんな思いで毎週、喪家の仏壇でお経を上げ、南無阿弥陀仏と唱えています。どうぞ、みなさまも、お参りするときには南無阿弥陀仏と声に出して、お参りしてくださいね。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:06 PM | comments (0) | trackback (0) |

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