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家族の宗教

 「家の宗教」のなにが悪いのだろう?▼前世紀の後半、この国ではひたすら「個の確立」が求められてきた。自由な主体であるこの「私」の判断が最も大切と教えられてきた。「イエ=家族」や「ムラ=地域」の論理は、近代的自我にとっては桎梏であるとされた。宗教の世界でも西欧キリスト教をモデルとした、個人の信仰の必要性が叫ばれた。しかしどうだろう? この世には今、肥大した自我の亡霊たちがあちらこちらに出没していないか?▼有権者の歓心を買おうと、国家は返済不能なほどの借金を抱えた。自らの「判断」で死を選ぶものたち、家族を捨てる者たちが増えた。同居する家族の人数が激減し二人家族が主流となったあげく、家庭では際限のない暴力が繰り返され、ひ弱な少年たちは個室に引きこもった。修行と神秘体験を売り物にする妄想の宗教に、家族を捨て入信したものたちが暴走した▼もう一度言おう。家族の絆が弱まろうとしている現代こそ、家の宗教が必要なのではないか。五十歳以上の壮年世代、老年世代の定点観測を続けている博報堂生活総合研究所「HOPE レポート」は、「カギとなる人間関係は、『家族』が一番」と報告する。中高年世代にとって「楽しみとなる関係」は順に、自分の子ども、配偶者、兄弟(姉妹)、孫と続く。家族が拡散しようとも、縮小しようとも、いやそうであるからこそ、伝統的な家庭に居場所を求める意識が強まっている▼見えづらくなった家族のつながりを基礎付けしている装置が、亡き祖父母や父母を祀る仏壇やお墓だ。まもなく旧盆がやってくる。お盆はまぎれもない家族の儀礼だ。故郷に帰ろうと、海外で休暇を過ごそうと、自らが生きて過ごす場=家についてゆっくり考えていただけたらと思う。もしできるならば、仏壇の前で手を合わせて。(K)

| @Temple | 03:37 PM | comments (0) | trackback (x) |

ポクポク木魚  no. 10

お布施のお話

 十年ほど前の話ですが、担当しているラジオ番組で「大特集・仏教何でも相談室」というテーマをやったことがありました。ファックスで質問を募集。はてどんな質問が来るやらと、期待半分、不安半分でスタジオで待っていました。ジーコ、ジーコとファックスから流れてきた質問は、大半が「お布施」について。うーん。まいったなぁ。お経や法事の話を期待していたのに「坊さんに包むお布施って、いくらぐらいが常識なの?」という質問ばかり。
 確かにお布施ってビミョーな問題ですね。額が多くても少なくても……。これが、ひと昔なら、村には包みものの「相場」というものが厳としてあって、分からなければ長老や、家のじいさんに聴けばすぐ分かったものです。お布施をいただく身にとっても、相場と寸分違わぬお布施をあげていただいて「わーぁ、このシステムってすごいなぁ」と妙に嬉しかったりしたことも。ところが、ここ十年ほどで様変わり。地域や家族など共同体といわれるものが崩壊しつつあるらしく、こうした微妙な情報について尋ねる人が少なくなった。相場を共有できなくなったのですね。
 お年玉に始まって、入学祝い、お中元、それにおすそ分けや、香典、祝儀さらには寄付、役者に投げる「おひねり」など(こうしたものを「贈与体系」というそうですが)この未開社会から続く行為と、近代的な一物一価、つまりスーパーの値札みたいなありかたとは、なにか決定的に違うそうです。お祝儀、お布施などが公定価格になったら変な社会ですよね。
 ところがこのごろ「春海さんだから聞くんだけど、法事のお布施、いくら包めばいいの?」という質問が、急激に増えました。質問する方も切実だけど答える方も当惑しますな。あたふたとその場しのぎの説明で答えに代えますが内心は「困ったなぁ、何とかしなくちゃ」といつも思っています。
 まさか、お布施を定価にしようとは思いませんが、檀家の皆様からいただいたお布施が何にどう使われているのか、ちゃんと公表して、決して「坊主丸儲け」でもないよ!と分かっていただくのも、この時代の気分に沿っているかなと思ったりします。一部はすでに実施ずみですが、お寺の「バランスシート」をすべてガラス張りにする。支払いの方で、お寺の風景を維持するのにいくら、お檀家さんとのお付き合い、ろうそく線香など法要の支払い、事務経費、そして住職が個人的にどれだけいただいているのか、こんなものを公表すると、お寺のお金を大切に使う機縁にもなりますよね。まぁそんな今日このごろです。次回は、もう一つの問題、「戒名」について書きますね。

| ポクポク木魚 | 01:04 PM | comments (0) | trackback (0) |

「蝶」の往生

 ある人類学者は死を巡るこの国のかたちを「現代社会は、ごく近い将来自分が確実に死んでいくことを悟った人が抱く疎外感を解消するような、文化的な装置を失った」(『日本人の死のかたち』朝日新聞社刊)と指摘する。終末期における延命治療も「死なないことよりも大切なことがない」(同書)から続くのだという。他界観の衰弱を指摘する言説には事欠かない▼しかし本当に、現代日本人は諦めのなか成り行きまかせで不幸に死ぬのだろうか。大多数の日本人が祝福されてこの世に生まれるにもかかわらず…。キューブラー=ロス博士(1926-2004)は、死に至る心の変わりようとして五つの段階「否認と隔離」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」とした。そこで受けいれられる死とは現実世界との完全な分離であった。しかし五十歳代後半になって彼女は、主として子どもたちの死の臨床に立ち会い重大な立場の変更をする。死を迎える子どもたちが、「蝶」に身を託してこの世を去る事例の多さを語り、マユ(つまり肉体)を離脱するように死に行くという(『続・死の瞬間』)。つまり死に至る最期の段階に「希望」を置いたともいわれる。人生の最期に希望を刻印する科学者たる彼女の変化は、近代の死の観念が重大な転調を迎える象徴ではないかと思う▼私たちは戦後、近代の視点で人生を測ろうとした。生と死を考えようとしてきた。それは「智者のふるまいを」(一枚起請文)しすぎた行いではなかったか。福を呼び込もうとして飽くことなく個我を追求した果てに、究極の災いを請じ入れたのが、日本近代ではなかったか▼私たちは八百年来、「死」を「往生」と置換する巨大な歴史的装置を持っている。「はからいのない」往生を迎えることこそ、念仏信仰の核心である。(K)

| @Temple | 03:35 PM | comments (0) | trackback (0) |

死は絶望ですか?

 人の死がタブーでなくなりつつあるのではないか、とつくづく思う▼終末期医療などさまざまな現代医学のタブーをつく漫画「ブラックジャックによろしく」(講談社、佐藤秀峰著)が、広範な若者に支持されている。主人公の若い研修医は、末期ガン患者を前にこう叫ぶ。「死とは一体なんですか?死とは敗北ですか? 死は絶望ですか? 死とは不幸で否定されるものでしかないのですか?」。抗ガン剤治療など医師としてぎりぎりの選択を続けながら主人公は死と共存する医療、ホスピス(ビハーラ)など終末期の死の心理的、身体的痛みを緩和するケア病棟を指向する。「生と向き合う事は死と向き合う事と同じ事ではないですか」「私たちは誰も独りなんかじゃない」。作者は主人公にこう言わせている。さらに少年たちに共感を得ている漫画がある。宮本武蔵に素材をとった「バガボンド」(講談社、井上雄彦著)だ。ここでは「潔く死ぬ」ことを美しいとする感性が蘇っているかのようだ。戦後、否定されたかに見えた武士道が、ここでは英雄視される▼戦後日本は戦中的な「死の美化」を克服したつもりで「実利の道」、つまり経済成長に突っ走った。そのアンチテーゼとして少年たちは死を語り始めているのだろうか。それとも徹底した聖俗分離と世俗化教育の結果、漫画というジャンルで自らの命と死の感触を確かめているのだろうか▼未曾有の高齢社会で死が露出した。伝統仏教の来世観が試される時代の到来だ。歴史的に寺の専権事項だった「葬送儀礼と墓制」に変化の兆しがある。「はからいのない死」という来世観再生のため、生と死をトータルにケアをしようという僧侶たちが出現している。死は悲しみではあるが不幸ではない。時代と対峙できる来世観の創出は、現代人そして宗教者にとってまったなしの課題である。(K)

| @Temple | 03:34 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No7

 遺書をかく

 「遺書を書く」というと、普通はドキッとしますよね。ここ数年、いろんな所で講演によばれます。声をかけて頂いたからにはちゃんとした話をしようと考えてたどり着いた高齢者向けの講演テーマが「遺書」でした。講演の主催者のほうが、このテーマを伝えるとギョッとされることが多くて、演題だけは別のものにしていますが……。

 先日の国勢調査で世帯あたりの家族の数が平均で二人ちょっとってご存じでしたか? 「MOYAi」今号の表紙にも書きましたが、今、家族のかたちが大幅に変わっています。親子関係も疎遠になっているんですね。法事に檀家さんの家にうかがっても、家族の関係「縁」が薄くなっていることがひしひしと感じます。

 親という存在を、子ども時代の視線でしか知らない人びとが増えていると実感しています。ひとりの人間として両親はどんな存在だったか、若いころどんな夢を抱き、どんな結婚をしてどんな仕事に励んだのか? 子どもに伝えることなく亡くなってしまい。子どもにとっても「親孝行したいときには親は無し」という川柳状態に陥っていますね。

 だから「遺書のすすめ」なんです。講演では、自分の名前生年月日から始まる遺書のひな形を持参して実際に書く練習をしてもらいます。親や自分の兄弟、祖父母の名前、小さかったころの家の間取り。学校時代、結婚したころどうだっか。高齢者が子どもと同居するケースは非常に少なくなっている。だからこそ本当にあなたが子どもに伝えたいこと、自ら生きてきた縁を、一つ一つ思い出して書いてもらう。

 同時に「尊厳死の宣言書」「臓器移植の意志確認書」や、流行の臨死体験などの解説などもしながら、「死」そのものにも話を進めます。「死の生前教育」といわれているものです。また「あなた自らの死は、その子どもにとって最期の親としての教育です。人はどうやって死んでいくか、自らをもって教えること」とお話しして、さらに伝統的な「他界観」、日本人は死んだあとのことをどう考えてきたか、「極楽」が、どう受け止められてきたか話を進めます。最期には「生けらば、念仏の功つもり、死なば浄土に参りなん」(法然)「災難に遭う時節には、災難に遭うがよく候。死ぬる時節には死ぬがよく候」(良寛書簡)という言葉で講演を終えます。まぁ、こんなことをこのごろ、講演のテーマとしてやっています。

| ポクポク木魚 | 12:57 PM | comments (0) | trackback (0) |

リスキーな国家



 自殺が新聞で報道されることはまれだ。プライバシーの問題もあって、特異なケースでない限り、ニュースとして取り上げられることはない。しかしこの国では毎日、九十人近くの人々がいただいた生命を自ら終える▼厚生労働省の人口動態調査によると、平成十四年も自殺者数が三万二千人を超えた。平成十一年をピークに戦後最大の増加が続く。漸減している交通事故死者数の四倍、戦時下のイラクで民間人の年間死者数(NGO調査によると開戦後一年間の推定最大一万六百二十五人)の三倍だ。新聞やニュースショーが個々の自殺事例を報道しにくい事柄だけに、根は深い。ある国立研究所によると、男性の自殺者数が七割、特に五十歳代後半の男性自殺件数が人口十万人あたり七十二人と異様に多いと指摘する。働き盛りの憤死である。リストラ男性の自殺は、家族の成員の自殺を未然に防止するという機能も併せ持っていた伝統的家族が崩壊し、人と人とのつながりが薄くなったことと無関係ではあるまい。日本はメンタルな意味でリスキーな(危険な)国家になってしまった▼「生けらば念仏の功つもり、死ならば浄土にまいりなん」(「つねに仰せられける御詞」法然上人)。絶望の渕に放り出され、生活もにっちもさっちも行かなくなり、死の影に覆われそうになった経験を持つ方も多いだろう。そんななか「なむあみだぶつ なむあみだぶつ」と祈りの日々を送った方々もいらっしゃるだろう。「念仏のなかに生き、いのち尽きたならばお浄土に参る。生死ともにわずらいのないいのちを生きる」。究極のお念仏の姿である。人と人とのつながりが薄れた現代にあって、念仏は最後のいのちの下支えなのではなかろうか。高齢社会になり死の影が横溢する現代社会にあって、念仏信仰の意義は深い。(K)

| @Temple | 03:34 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.5

 本山で修行しました

 僧侶としては当然のことでしょうが、久しぶりに京都の総本山知恩院で八日間修行をしてきました。「璽書道場」という江戸時代初期から続く伝統的な八日間です。五体倒地の礼拝という礼拝行を繰り返し、木魚念仏と浄土三部経を輪読する午前五時から午後七時半まで六回の法要と一日三回の講義、精進料理の食事、大広間に雑魚寝、自由な時間がほとんどない道場の日々。すべての情報から遮断され、食事中も私語をつつしみ、念仏・祈りに意識を集中する毎日でした。

 「見仏」体験という浄土宗の僧侶特有の神秘体験があります。木魚をポクポクたたきながら念仏を唱えたり、五体を駆使する礼拝の行などで数十日をすごしたという究極の修行者にまれに現れる現象です。(今回のようなわずか数日の修行ではほど遠い体験ですが……)、アジアの宗教は心と体の相関関係の中にこそ存在すると思います。声と体を究極にまで痛めつける念仏の修行、その神秘体験を単に脳の中だけの現象と矮小化しようとは思いません。鎌倉期から江戸時代そして近代まで多くの念仏者が、自由に仏と遭遇し極楽世界を意識状で体験したという報告を読むにつけ、私たちの生きる現代という時代の特殊さを感じざるを得ません。近代という檻に私たちは縛られて、生きる世界を極端に狭めているのではないか、実は人の死を極端に矮小化してしまっているのではないかと、ご本山で礼拝しながら思いました。

 舌足らずの表現で済みませんね。いずれゆっくり「大論文」でも書きます。ちなみに修行で少しは体重が減るかと期待していましたが、規則正しい食事、精進料理をよく噛んで頂いたからか、わずか一キロしか減っていませんでした。(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:50 PM | comments (0) | trackback (0) |

倫理大崩壊

 現代日本人の大半は、宗教教育・道徳教育を満足に受けていない。戦後教育では道徳という科目はあっても、有名無実化した時期が長かった。道徳も宗教も公の空間である学校で教えてはいけないものだった。なぜ人を殺していけないか、戦争で人を殺すのと殺人はどう違うのか、この問いに説得力を持って答えきれる教師はどれだけいるのだろう▼ここ十五年ぐらいの倫理崩壊現象は目を覆うばかりだ。子供が子供を殺し、小学校では大量殺人、一家全員殺害もたびたび報道される。経済的な繁栄を勝ち取り、世界一の経済システムと持ち上げられてわずか十数年、世紀末日本に「倫理大崩壊」ともいうべき「こころの廃退」が静かに進行していた。マックス・ウエーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、目的の合理性のみが追求される官僚的近代社会、「脱呪術化」され「非合理」を周縁に追いやった近代社会を「鉄の檻」と形容し、強い警鐘を鳴らした。「いかに生きるべきか」「人間とは何なのか」という存在についての問い、そこから出発する宗教、信仰は非合理であり、それは「公」の領域からは追放されるべきものとされ、「私」に幽閉された。そんな公空間での近代「無宗教」の結果が、このざまではないか▼仏教が空前のブームだという(雑誌「AERA」2003.10.27朝日新聞社)。会社からは冷たくされ、依るべき共同体であったイエもムラもいつの間にか崩壊して、アメリカ流競争社会に知らず知らず変貌していた。内面の厳しさを知らず、甘えに浸っていた日本人が戦後初めて直面する存在をかけての問いに、仏教は多様なメニューを用意する▼この国のかたちと宗教の関わりももう一度、根本から考え直す時期が確かに今、到来しているのではないかと思う(K)

| @Temple | 03:32 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 NO4

 通い慣れたお寺でのお葬式もいい
  

 多久市内にも葬祭場が増えてきました。ご葬儀、通夜などに葬祭場を利用される方が増えてきました。ご自宅でのご葬儀は、家族や地域の負担が大きく、葬祭場の利用が進むのは、理解できることです。

 ただ、会場がご自宅から離れた場所にある場合が多く、故人をよく知る高齢の会葬者が参列できない、無味乾燥したご葬儀になりがちだなどという傾向もありがちです。葬儀を主宰する僧侶として、長年住み慣れた自宅で、家族や隣近所の知り合いに送られながら、ご葬儀をしてほしいと思います。ただ、真夏に汗だくで長い時間座り放しの儀式も大変ではあると思うのも事実です。

 先日、遺族がお寺でご葬儀を希望され、何度か続けてお寺で葬儀を執り行いました。御先祖さまが眠るお寺で葬儀を執り行うことは、なかなかいいことだとあらためて思いました。特にお寺周辺の地域の方々にとっては、故人もよく知る場所で儀式を行い、地域の人々に囲まれて野辺の送りをすることができます。また専称寺には収容人数や駐車場、宿泊施設など葬祭場を上回る規模の施設が整っています。
 ただ、檀家の方々の一周忌などご法事や、お寺の法要など様々な行事がお寺ではあり、常に急なご葬儀に対応しづらい点や、法事と違ってお寺の施設を利用する場合の利用料金が決まっていないということもあろうかと思います。

 今後、みなさんに相談しながら、お寺を利用した葬儀のあり方を考えていきたいと思います。高いお金を払って葬祭場を使わずに、お寺の施設を仕えるように条件整備をしていきたいと思います。葬儀の生前準備、つまり自分自身の葬儀をどんなかたちで行うか、生きているときに決めるという生前準備の方向は間違っていないかなとも思っています。自分の最期のあり方を決めるということは、よく生きることともつながるような気もします。

 まずはそうご遠慮なさらずに堂々とお寺をもしものときには、お通夜、ご葬儀にご利用下さい。そのためのお寺なんですから。
(住職・川副春海)

| ポクポク木魚 | 12:48 PM | comments (0) | trackback (0) |

死のレッスン

 死について学ぶ市民講座を主宰した。大きな反響が帰ってきた。連続講座は会場から人があふれた。集まった人々とって「死」の問題は、とても切実なものだった。世の人々は死に関しての難問を山ほど抱えていた◆死の問題はこれまで長い間、血縁、地縁という共同性のなかで解決されてきた。多世代同居によって家族の老いの苦しみや死の不条理をわがこととして学習した。家の継承という制度で、自らの死後の居場所を確保し、凶暴だった「死」を手なずけ安らかなものにしてきた。また地域共同体は、地域の葬送を共に担うことによって、縁あって同じ空間に住む成員相互の別れを制度化した。村はずれの墓地に葬られ共に極楽に往くという共同幻想を創出した。それだけではない。家族は「おまえ死ぬなよ」「一緒に生きていこうよ」という生への共同性をも持っていたはずだ◆そんな家族や地域は今、瀕死の状態だ。伝統的家族観の崩壊が進む。少子化だけでなく、結婚しない人々が増えた。非婚化現象である。離婚率の増加、多世代同居が激減し、単独世帯が増殖している。子供たちは食事を独りで食べ(「孤食」という言葉をご存じだろうか)、老人も介護の社会化のかけ声のもと同居家族の成員であることをやめつつある。地域の疲弊はもっと激しい。かくて「死」を下支えしていた縁の連なりが毀損され、死が不可解なものとして現代人の前に放り出された◆臨済の僧一休宗純(一三九四~一四八一)は京の都にドクロを掲げて死の実相を説いた。あらためて寺は「死のレッスン」の場だと思う。寺で人は死を学び、死を悟る。葬送の場で人は血の連なりを実感し、共に祈る。人は縁に生きながらも、「独り去って独り来る」ことを悟るのだ。(K)

| @Temple | 03:31 PM | comments (0) | trackback (0) |

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