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ポクポク木魚No.23 ゆい工房

ポクポク木魚

ゆい工房

 「ゆい工房」という名の、市民ボランティア団体のお手伝いを、ここ数年続けています。会の立ち上げからずっと、あれこれ、夜七時から中央公民館の片隅で会議みたいなものに参加して、六年近くなるのでしょうか。

 多久市は、今、人口の急減、高齢化の急激な進展などに悩んでいます。人口がわずか22462人(十一月現在)、高齢化率(65歳以上)が26・0%という寂しさ。市町村合併に乗り遅れて、市の予算は減るばかり、またJR多久駅前の寂しさ(駅舎は新しくなりましたけど)といったら覆うべくもありません。うーん。

 そんな中、元気が出る活動はないかと、頭を絞ったのが、「市民大学」と銘打った活動。まぁ自治体の社会教育事業でできない民間大学といったところでしょうか。スタッフは、東京でデパートのバイヤーをやっていたUターン組の中央公民館長さん、印刷会社の社長さんに、老舗の造り酒屋が衣替えした和食屋の社長さん、市の課長補佐連、PTA仲間の奥様たち、トウの立ったチューネンばかり集まり、「時代遅れ」の村おこしをはじめました。

 初年度は、多久聖廟にちなみ「中国大祭」とタイトルを付けて中国映画の新作を上映したり、中華料理のイベントをやったり、斬新な企画(と思っていただけかもしれない)でそれなりに存在感を示しました。これでイベントの楽しさに目覚め、今、市民大学の講座も二十近く。往年のロックンロールを、古いギターを取り出して中年バンドやろうという講座とか、蕎麦打ち講座、朝がゆ付きの座禅教室、犬のしつけ教室、テーブルマナー教室もやっています(講師は美人!の紅茶の専門家)。

 昨年と今年、ヒットしたのが、「多久百問検定」「論語百問検定」問題集作成と、検定試験実施。検定試験は、大学センター試験当日にぶつけて実施するという細やかさ(?)。昨年のご当地検定本は二千部完売、検定試験も五十人以上受験者も来ていただき、テレビクルーも取材に訪れて、してやったりという気分でボランティア一同、感激ですな。今年の論語検定は、くだんの和食屋社長が、中国文学を大学で学んだとかで、うんうんうなりながら問題作成にあたり、先日、多久聖廟三百年祭にぶつけ、発売開始(お寺でも売ってます。定価三百円也)になりました。

 昨日(十二月六日)にやっと終わったのが、専称寺で開催した「むらおん」と題した連続コンサート(本紙4ページ参照)。いずれも定員いっぱい、聴衆が参加していただき、これまた大成功。RIKKIさんという知る人ぞ知るワールドミュージック系歌手にも、寺のギャラリーで歌っていただき、当方も大満足でした。これからもゆい工房の活動をヨロシク!(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:39 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚No.22 お盆の「内幕」

ポクポク木魚

お盆の「内幕」


こんなタイトルを付けたら、内幕暴露みたいで、やや羊頭狗肉ですね。お盆の現場報告がいいのかな。毎年夏が近づくとお坊さんは一様に、憂鬱な顔をします。大変な労力を要するお盆(盂蘭盆会)の棚経(お檀家さま一軒ずつ御仏壇の前で御先祖の供養をする)のことを考えると、なにか暗い気分になるみたいです(人ごとみたいですが…)。良く口の悪い=住職と親密なお檀家さんからは、「かき入れ時でいいですな」と言われるのですが、それとも違いますね。何が大変なのかと説明するのは難しいのですが、まぁ気温三五度近い灼熱の町や村を、法衣を着て一軒一軒ご挨拶してお茶をいただいて、お経(お経は五分程度ですが……)をお上げして、お布施をいただいて、またご挨拶して退出するという繰り返しを一日、平均して三十回ほどすることを想像していただければと、思います。

 専称寺では、お盆(ことしは八月十一日から五日間にお盆参りをしました)に約三百五十件の県内のお檀家さんならびに近県の初盆のお宅にうかがいます。住職だけでは絶対不可能ですので、住職の長男やお寺に嫁いだ二人の妹の子どもたち(いずれも大学生)や、八十五歳になる老僧までご助力をいただき、計五人でお盆のお檀家まわりを致しました。

 昔なら、朝六時から夜八時までお檀家に伺えたのですが、今や生活時間が多様化して、食事時などプライベートな時間にお邪魔することもできず朝九時から夕方六時ぐらいがせいぜいです。そうなると一日八時間度、平均して一日三十軒となると、移動時間を含め一時間に四軒のお宅でお参りしなくてはならず、かといってお経を省略するわけにもこれまたいかず。さらに、セールスマンであれば、どこかで休むこともできますが、法衣を着て車で昼寝もできず、正座をくずすこともなく……、大変なことがおわかり頂けたでしょうか。

 疲労困憊して、お寺に戻ってもまだ仕事があります。お手伝の若い小僧さんにお檀家さんの場所、順番などを住宅地図にマークしながら教えなくてはなりません。「明日は何時頃お見えですか?」という問い合わせのためにも、おおかたの訪問時間が分かる順路を留守番の家族に教えておくことも大切なオシゴトです。(これまで何回も、訪問予定の時間にお邪魔することができず、ご迷惑をかけたことがあります。ごめんなさい。)

 しかし、お盆の習俗、お盆参りの風習は、私が住職の間は、変えるつもりはありません。お盆の際のお檀家さんとの会話で、気付くことがたくさんあります。独り暮らしの老人世帯などでは、さまざまな相談を受けることもあります。お盆の風習があるからこそ、日本人の間で御先祖様への感謝があるからです。(住職独白)

| ポクポク木魚 | 04:37 PM | comments (0) | trackback (x) |

ポクポク木魚 no21   おかげさまで 本紙50号!

ポクポク木魚 no21  

おかげさまで
本紙50号! 

 そんなに気負うことではないですが、お寺の新聞「MOYAi」(前身の寺だより「光明」を含む)が50号を迎えました!
 本紙を読んでいただいている方も、読まなくて仏壇脇に置いているだけの方も、ゴミ箱直行の方も、すべての方に感謝します。ありがとうございます!

 創刊は、今となっては遠い昔、昭和六十二年(1987)十二月です。B5判八ページでした。題字を老僧に書いていただいて、お寺の山号から名前を取って「光明」としました。ややオタッキーな話ですが、版下をMS・DOS時代のワープロソフトの「一太郎」でふうふう言いながら作って、紙に印刷して、それを印刷屋さんに出していました。パソコンはNECのPC9801シリーズでした。当然モノクロ紙面。印刷は、今はもう廃業なさった檀家さんの倉富印刷所、故人になられた印刷屋のオヤジさんに、版下を持ち込んで説明したことを覚えています。内容は、お寺の由緒だとか、多久市在住の作家滝口康彦さん(故人)の掌小説、お寺にゆかりの「核割れ梅」など。当時のドット・インパクトプリンターは印刷が不鮮明でそれがそのまま、仕上がりに出ています。

 第2号が翌年の十二月、3号は平成元年の七月……。当初は一年に一、二度まぁ思い出したように出していたことになります。ワープロ版下を卒業して、活字になったのが平成二年の第5号、表紙カラーになったのは平成四年第8号から、まぁ段々とそれなりに進化しているものです。振り返ればね。

 私が住職に就任させていただいた平成十四年七月の28号からは、名前を「MOYAi(もやい)」と改め、表紙のレイアウトも一新し、表紙・終面カラー、年四回刊、八ページとなりました。

 ずっと前、二十代の頃に佐賀新聞社に勤務していたからか、こうして文章を書いたり、レイアウトする仕事は今も全く苦にならず、編集作業や原稿書きは私にとっては密やかな楽しみなのです。本紙には、あちこちの媒体に書き散らかしている原稿・写真を使い回すこともあって、ほぼ一日で、編集の作業は終わってしまいます。やはりゲラ(校正刷り)が印刷社(ちなみに現在の印刷は佐賀印刷社)から上がってくると、今もワクワクしますね。現在は、こうした印刷物もパソコン技術が進歩してDTPと呼ばれるパソコンだけでできる形になっていますが、このMOYAiは従来どおり、はさみと糊を使って、紙のレイアウトで制作しています。長年やり慣れた方法で作った方が、いいですね。中年は進歩が少ないと反省はしていますが…。

 まぁ今後の目標は、細く長く続けること。「継続は力なり」です。少なくとも百号までは続けたいと思っています。応援下さい。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:36 PM | comments (0) | trackback (0) |

「殺してはならない」

 「エンゲージド・ブディズム Engaged Buddhism」という欧米発の考え方が、日本でも流布してきた。標準的な訳語は「社会参加する仏教」だろうか。ある研究者は、「仏教が自らの存在意義を教団などの境界を乗りこえ、社会との関係において見直そうとしている活動」と定義する▼昨年十月末、東南アジア上座部仏教最大のミャンマーの僧侶が市民と共に、読経しながら行進し、軍政に対する異議をとなえた。ことし三月中旬、今度は中国・チベットで同じようにチベット仏教の僧侶が、中国共産党政権に抗議行動を起こした。自らの存在そのものを賭した命がけの行動である。いずれも徹底的な弾圧により無数の犠牲者が出て、数千人が拘束された。国家による報道統制にもかかわらず、ネット社会に流出した情報などから、動乱の実態が明らかになった▼ミャンマーにしろチベットにしろ僧侶たちは、世間(国家)の法に背いたかもしれない。しかし仏の法(ダルマ)に忠実だった。仏法にのみ従ったからこそ、世界の世論は、僧侶の行動を支援した。釈尊は言う。「人はすべて暴力におびえる。すペての者にとって生命は愛しい。わが身にひきあてて殺してはならない。殺させてはならない」(法句経130)。暴力装置としての国家に対峙し、超越する仏教の教えである。▼四月二十六日、善光寺は北京オリンピックの聖火の出発地を辞退した。その朝、日本の僧侶たちは、チベット暴動の犠牲者たちへ追悼の法要を行った。声明にこう書く。「今、心を澄ませて、犠牲になったお一人お一人に思いを馳せれば、その誰もが、暖かな体温と、豊かな心を待った、幸せを願う一人の人間であったことに気がつきます」。法要で可能な限り犠牲者の名を読み上げ弔った。仏教者の社会参加の原点は祈りだ。(K)

| @Temple | 03:48 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.20  久しぶりのインドで

ポクポク木魚 20 

久しぶりのインドで

 久しぶりに、一週間ほどインドに行ってきました。浄土宗平和協会のお仕事で、スタディーツアーと題して、旅程の作成から旅行代理店の交渉をして、半年がかりの募集で全国から十七人の応募があり、現地で参加者のご案内もしてきました。

 今回訪れたのは、インドでも歴史的に比較的富裕な地域である南インドでした。浄土宗平和協会は、日本のNGO支援のプログラムがあり、支援団体の一つである「反差別国際運動(IMADR)本部=東京」のご案内で、南インドの都市マドラス(チェンナイ)の郊外にあるアウトカーストの村を訪れました。カースト制度、ご存じでしょうか? インドの国民宗教であるヒンドゥー教に内在する身分制度で、インド社会に抜きがたく存在しています。アウトカースト(現地の言葉で「ダリット」と称します)とは、そのカースト制度の身分以下の階層をさします。

 チェンナイもIT(情報技術産業)企業で発展する都市の一つで、街も人も一昔前では考えられないほど発展していました。しかし、カースト制度は、インド社会に重く澱のようによどんで内在していました。

 インドの現代仏教は、インド独立後に法相、憲法起草委員会委員長として活躍した社会運動家B・アンベートカル(一八九一~一九五六)が、そのアウトカーストの人々とともに集団改宗して再出発しました(一二世紀頃インドで仏教はいったん途絶えています)。インド社会の最底辺にいる人々が、現代インド仏教の中心になって活動しています。だから故に、インドの仏教は社会制度と日々、闘う姿勢を崩しません。

 こんな予備知識はあったものの、現実の差別は予想以上でした。橋などのインフラは、仏教徒の村に届かず、やはり学校や地域でも、暴力やあからさまな差別が日々繰り返しているそうです。この国の仏教徒は、東アジア、東南アジアの仏教と違い、毎日が闘争みたいな感じで、ツアー一行に説明してくれたお坊さんもどちらかというと一昔前の日本の労働組合の闘士みたいな方でした。

 個人的に大発見をもう一つ。インドにあれだけ牛がいるにもかかわらず、ヒンドゥー教徒は牛を宗教的タブーとして絶対に食べません。数億頭もいる牛を牛乳を取るだけで、あとはどうするのだろう?と思っていました。ところが、ダリットの人々は歴史的にカースト外存在なので、牛をおいしく食べちゃうのですね。ダリットの村でビーフカレーを振る舞われて、インド風に手でいただいたのですが、その味のおいしいこと。インドに長くいたので、やや変な感じはしたのですが、それでも日本人に戻って大変おいしくいただきました。まぁ個人的な発見ですが……。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:33 PM | comments (0) | trackback (0) |

「財宝の乏(とも)しからんにも」

 「仏教(宗教)と経済は深くつながっている」と書くと、奇異に思われるだろうか? ものを生産し流通させ、売買し蓄財することと、ものごとを信じ慈しみあわれむこころのあり方とは、実は通底している。そう考えないと、グローバリズム経済の覇者ビル・ゲイツ(マイクロソフト会長)が資産の九五%(三百億ドル)を投じて慈善団体活動に専念するといい、その団体に資産額世界二位の大投資家ウォーレン・バフェットが、資産のほぼすべて(三百七十億ドル)を寄付したという事実は理解できない▼「仏教経済学」が世界に広まっているという(雑誌「選択」昨年十二月号)。検索サイト「グーグル」で「仏教経済」を調べると二百七十万件(同十二月末現在)も日本サイトだけでヒットする。また慶應大学で仏教経済学の講義が始まったといい、早稲田大政経学部では以前から仏教と経済倫理についての講座が開講されている▼米流グローバリズムと新自由主義経済が跋扈(ばつこ)した現代日本は、いのちの無視、貪欲、自利、浪費が幅をきかせ、人々は管理社会の中で日々、自らだけのための利益計算にいそしむ。仏教経済学はそんな潮流に竿をさす。仏教経典に本質的に内在する「生命尊重、知足、利他、持続性」などをキーワードに現代経済に反旗を翻す▼「今の人々は自分の利益のために交わりを結ぶ(中略)自分の利益のみ追求する人間はきたならしい。犀の角のようにただ独り歩め」(スッタニパータ)。「今生の財宝の乏(とも)しからんにも、力を加えたもうべし(恵まれない人にも助力を惜しまないように)」(法然上人)。二千五百年前の釈尊、八百年前の法然上人のことばが現代に蘇る。あらゆる存在の共生が仏教の中心概念だ。「喜捨(きしや)」「知足(ちそく)」「簡素」の経済が世界に広がればと心から願う。(K)

| @Temple | 03:47 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 No.19 平和協会で

ポクポク木魚

平和協会

 浄土宗平和協会という団体の事務局長を仰せつかって六年目になります。平和念仏募金で、全国の浄土宗寺院や、その檀信徒に浄財をいただき、それを基金として、海外で活躍する日本のNGO(非政府組織)のボランティア活動に援助を行うなど、「殺してはならない」というお釈迦様、法然上人の教えのもと、ささやかながら平和活動一翼を担っている団体です。来年からは、日本に生活する私費留学生に対し、「ブック・ギフト」という名の書籍贈与の活動を始めようと、東奔西走しています。昨年は北朝鮮の核実験、ミサイル実験にいち早く、反対の声明文をインターネットで公表しました。

 九月末、メールで東京の友人から「ミャンマーがおかしなことになっている」と知らせが。急いでネットで世界の通信社やマスコミ情報を確認すると、僧侶が数千人単位で、圧政に抗議して行進を始めているというニュースが刻々と掲載されていました。僧侶の動きに同調して、一般市民が動き始めたというニュースも。軍政で民主化運動家も学生も拘束され身動きが出来ない国の情況に、僧侶が「覆鉢行」という仏法に則り、平和行進をはじめ、それが大きな動きになっていました。

 九月二十七日には、これが数万人規模にふくれあがり、多数のマスコミにも取り上げられました。翌日から、軍政側の弾圧が始まり、あとは皆さまご存じの通り、主導した僧侶、市民は一部は殺され、収監され、活動は収束し始めています。

 私が言うのも何ですが……、東南アジア諸国、特にミャンマー、ラオス、そしてタイでは、日本とは比べものにならないほど僧侶は尊敬される存在です。上座部仏教の戒律に基づき非婚を貫き、不殺生はもとより、正午以降は決してものを口にしません。僧院で祈りと学習の日々を過ごし、食事は自給自足、または托鉢で市民の方からいただきます。争いの種になる行動を起こすことは慎むのが上座部仏教の僧侶です。
 その僧たちが、仏法に則ったとはいえ、托鉢行の一つとして市民と共に行動した。日本人が考える以上に深い深い意味があります。軍政側は、僧侶の衣をはぎ取り連行したという情報が寄せられています。つまり、僧をそのまま逮捕すると、市民への影響が強すぎるからともいわれています。

 もちろん、浄土宗平和協会も私が友人たちと作る海外教育支援団体テラ・ネット(Terra Net)も、仏教NGOネットワークの声明に賛同し、ミャンマー政府、日本国政府に事態の平和的解決を求め、声明を出しました。平和協会の仕事でメールとウエブにかかりっきりの一週間、小さな喪失感と共に、仏教本来の活動に希望も見いだした時を過ごしました。(住職)

| ポクポク木魚 | 04:30 PM | comments (0) | trackback (0) |

仏壇は家族の絆である

 家の仏壇に手を合わせる。それはどんなとき? 毎朝、日々の無事を感謝して、元旦に家族全員の多幸を祈念して、さらには嫁ぐ日の朝、新生活の門出を御先祖様に報告に、大学受験の出陣式に……。仏壇は家族の歴史そのものだ、と思う▼仏壇をじっと見て欲しい。中心に阿弥陀如来の像、その下に亡き祖父母や両親ら先祖位牌、手前に花や供物、線香が並ぶ。実は世界的に見ると、この形態は非常に珍しい。キリスト教、イスラム教圏には、家庭には仏壇に類するものはない。人は祈りに教会、モスクに足を運ぶ。しかしそこにも、先祖の位牌はない。人は、花や香を介して、神やイエスと直接向かい合う。偶像崇拝を排するモスクには、もはや何もない。儒教には、先祖の依りしろとしての木主(ぼくしゅ=位牌に相当)があるだけ、インド仏教には仏像があるが逆に先祖を祀ることはしない▼欧米のキリスト教社会は、個人主義の伝統がある。個人主義が利己主義に陥らないのは、そこに神との契約があるからだ。自立、自己責任があり、その結果として自由がある。いわば放縦な自由とならないための「抑止力」としての神への信仰がある。戦後、日本社会は個人主義と家族主義のハイブリッド(混合)社会であった。家族の一人が大きな問題に逢着すると、それぞれがお互い様と助け合った。「御先祖様に申し訳ない」とのフレーズが、悪に走らぬ抑止効果をもたらした。ひるがえって現代、伝統的家族が崩壊しつつある。個人主義を通り越した利己的自我が増殖しつつある▼家族の絆を再生するために、よこしまな我執を増やさぬためには、仏壇に祈ることである。香を焚き、花をささげ、手を合わせることである。声に出して南無阿弥陀仏ととなえることである。子どもは祈る親の背中を見ているはずだ。(K)

| @Temple | 03:46 PM | comments (0) | trackback (0) |

ポクポク木魚 no.18  自分が自分であること

ポクポク木魚 no.18

 自分が自分であること

 先日、いつものようにパソコンを立ち上げると、見たことがない青い画面! パソコンの中枢部分であるハードディスクが、壊れていました。メーカーに問い合わせると、部品を替えるしかない重大な問題だとか…。

 頭の中が真っ白くなりました。草創期の二十年前ならいざ知らず、改良された今のシステムが、突然クラッシュするとは。そのときから、パソコンの前に陣取り、復旧作業とあいなりました。二十年間にわたって積み上げてきたお寺や個人の諸資料、写真や原稿の類ほか、重要な資料がパソコンの中に眠っています。データの大部分は別の媒体に保存していましたが、それでも大切なもののいくつかは、壊れたディスクにあります。

 以前の環境、データを取り戻すのに、丸三日かかりました。作業中に、ふと唐突ですが「今の子どもが自殺するのは分かるよな」と独り言を呟いていました。

 私だけではないと思いますが、現代人は、日々の行為の相当部分をパソコンに代表されるデジタル・デバイス(電子的な記録装置とでも訳すのかな)に依存しています。文書を作るだけでなくそれを記録し、毎日のスケジュールを管理し、またインターネットという空間で、カードでものを買ったり売ったり、電話郵便代わりのメールを使ったり、銀行のお金を出し入れしたり。最も大切な自分が自分であることを証明することでさえ、パスワードとIDで管理しなくてはならない。

 たかが、愛用のパソコンが壊れたぐらいで一瞬、自分が誰であるか分からない事態に落ち込む。「何という時代なんだ」とPCを復旧しながら考えました。そこには、例えばメールが代用した手紙の紙の質感、字の伝える個性や暖かみはありません。買い物でやりとりするお店の方との声による会話も、お金をやりとりする場合の儀式めいた人付き合いも、場所のにおいもありません。「川副春海」と言う名前の変わりに、無機的なアルファベットと数字の羅列であるIDとパスワードが自分そのものなのです。

 思春期の子どもたちの自殺や犯罪が、数多く報道されています。社会に出る前にこうしたデジタル・レッスンを受けパスしなくては生きていけない社会。ケータイメールの多寡が、今ここの生きている子どもたちの証。実は、私は「生老病死」という生の実相も、デジタルな空間に放りやられ、リアルな手触りを失いかけているのが現代ではないかな思います。年間百万人近くの方がなくなっているにもかかわらず、子どもの目の前にはどこにも、リアルな死がない社会。バーチャルな空間に自らをおくことによって、これまで考えられなかった利便性を得る変わりに、リアルなものの大半をどこかに置き忘れなくてはならない私たち。人と人とのつながり、「縁」「共生」をいう命題をいつかゆっくり考えなくてはと思っています。(住職

| ポクポク木魚 | 04:25 PM | comments (0) | trackback (0) |

死から生を見る

 介護保険制度が昨年、見直された。キーワードは「予防」。切迫する国の財政事情もあって、老人の自立をすすめる。高齢者のスローガンは「子どもに迷惑を掛けない」。医療技術の進歩で「死なない人」が増えた。アンチエージング(抗加齢)の技術の進展もあって、人生のセカンド・ステージを積極的にとらえようとする人が増えた。生命の自己決定などという個人主義の潮流もあり、いわば老いを拒絶する社会がやって来ている▼しかしちょっと待っていただきたい。「人間の死亡率は百㌫」(養老孟司)であることを忘れてはいないか? 私たちの時代は、老いの醜悪さから目をそらし、死をタブー化することによってのみ成立しているかのようだ。「老いない。老いさせない」社会を演出する一方で、実は老いも死も隠蔽されてはいないだろうか? 高齢者の数がピークを迎える二〇二五年には、認知症患者が現在の三倍、三百二十万人を超し、その三分の一が一人暮らし所帯となる(厚生労働省)。いずれは何らかの介護や支援が必要となってくる。現代人のほとんどは、誰かに「迷惑」をかけなくては終末期を迎えることができないのである▼法然上人は、死の床にある終末期の念仏者からの問いに答え「人の死の縁は、かねて思うにも叶い候わず。にわかに大路道にて、終わることも候。又大小便のところにて死ぬる人も候。前業遁れがたくて、たち刀にて命を失い、火に焼け、水に溺れて、命を亡くすたぐい多く」(『往生用心抄』)と死の非業のあることを説き「死の側から生を見る」視点を提供する▼元気な老人を楽しみ、自己演出することは必要であろう。しかし、人は老い、そして死ぬという事実を、身をもって子や孫に教示し老いの実相を家族に提示することも、高齢者の使命であると思う。

| @Temple | 03:44 PM | comments (0) | trackback (0) |

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