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韓国

海印寺(ヘインサ)(大邱市郊外)
亜州古寺巡礼
My Pilgrim’s Note for Asian BuddhismTemples

 韓国の旅には、違和感がない。街を歩いても、列車に乗っていても、例えばインドで、また南米で感じたような、旅行者特有の独り取り残されたような寂寞感、文化の違いに基づくような生活の不条理感がない。外国に居ることの差異を感じるよりも、日本との類似を発見してしまう。
 九州・福岡から飛行機に乗ると、わずか実質三十五分間の飛行で、釜山に着く。玄界灘を隔てるだけの距離的な近さも、親近感には内在するだろう。半島と列島との間には、深刻な亀裂が過去何度もおそったものの、それにもまして隣国であることの文化的な親密性が旅人の心の奥深く胚胎する。早春に海印寺に向かう特急電車セマウル号のなか、そう考えた。
 世界遺産・高麗大蔵経を有する海印寺へは、古代新羅の都・慶州から向かった。早春の慶尚北道を走る特急の窓からは、巣作りするカササギを見かける。遠く、葉の落ちた広葉樹の林の間に、韓国固有の円墳がいくつも見えた。
 寺は、工業都市大邱から車を走らせた伽耶山の奥深くにある。一時間近く高速を走り、インターチェンジから、渓流沿いに山に入った。桜の並木を見ながら幽谷を奥に進む。二十軒ほどの宿やみやげ物屋が軒を連ねる門前町があった。日陰には残雪がある。白い息を吐きながら、遊歩道を上ると、軒が跳ねているような大陸特有の山門が見えてきた。
 東アジア・仏教の至宝「高麗大蔵経」の黒々とした無数の版木は、寺の最奥、いくつかの急な階段を上ったところ、蔵経閣にあった。仏陀の教え「経」を網羅し、その注釈書「論」と仏教徒が守るべき戒律をまとめた「律」を合わせた数ある漢訳大蔵経のうち、この高麗蔵の経典群は、最も正確な経文を刻むといわれる。高麗王朝が膨大な労力と細心の注意を払って一三世紀に完成した版木の数は八万一千、薄く漆をひいた白樺材に精巧な篆刻技術で彫られた経文の文字は五千万字を超す。現代仏教学の世界的な基本テキスト「大正新脩大蔵経」は、この版木よりなった増上寺(浄土宗大本山)本を底本にした。
 日本仏教は朝鮮半島から多くのものを学んだ。古代・草創期の日本仏教は、その多くを渡来人とくに百済の僧によっている。わが国への仏教伝来から約一世紀、半島の仏教と日本の仏教は密接なつながりを持ち、日本仏教の礎は百済の僧によって開かれたともいう。
 その後千数百年、二つの国は共に中国に学びながら、時をかけて信仰は深化した。禅と天台、浄土の信仰もまた民衆の心に育まれた。大蔵経に納められた経典を仰ぎ、高僧を輩出した。
 古代・新羅に広まった浄土教のなか、今に遺された「往生歌」(七世紀頃成立)とよばれる詩がある。
 西のかた月は、いま往に給う や。無量寿仏、その御前に伝えませ。由縁深き御仏仰ぎて 掌を合わせ、唱えるは「願往生、願往生」、かく念仏するもののありつるを、ああ、遺していけば、叶うまじ、四十八願叶うまじ。=金思訳
(『朝鮮仏教史』鎌田著・東大出版会刊・所収)
 西へ沈む月に託して、極楽往生を願った歌である。日本浄土教の信仰と何ら変わりはしない。

整然と並ぶ高麗大蔵経の版木

経を読む(ソウル市内)

巡礼メモ

 釜山へは成田、関西、福岡空港から各1日1─4便。釜山から1日3便、海印寺行き直行高速バスがでる。釜山─東大邱間を鉄道で行き、大邱西部市外ターミナルから一般高速バスでも行ける。所要時間1時間半。