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スワヤンブーナート(カトマンズ)
亜州古寺巡礼
My Pilgrim’s Note for Asian BuddhismTemples

 ネパールの首都カトマンズには、等身大の国際性がある。異質なものをそのまま受け入れてしまう寛容さ、柔軟さがある。中国・チベット文化圏とインド世界、巨大な二つの文化に挟まれた小さな王国が独自性を維持するための智慧なのだろうか。
 カトマンズ最大の繁華街タメル地区を歩いてみよう。中世そのものの煉瓦作りの家と狭い路地、ヒンドゥー教の小さな祠と行者の横を、肌もあらわなヨーロッパの旅行者が闊歩する。小さな仏塔の脇では、チベット僧が経典を読み、ヒマラヤのトレッキングに来た日本人が装備の調達に歩いている。インドのカレーとチャイを出す店、納豆定食もある日本食堂、ダルバートと呼ばれるネパール豆料理屋、スパゲッティ屋も悪い味ではない。レゲエやひと昔前のハードロックが聞こえるチベット酒チャンと塩味のバター茶を出すチベッタン食堂もあった。
 ネパールは憲法にヒンドゥー王国と規定されるヒンドゥー教国家だ。ヒンドゥー教徒が人口の九割を超す。仏教徒は五パーセント程度だ。母なる川ガンジス、その上流にヒンドゥー寺院があり、そこで遺体を火葬して遺骨を川へ流す。しかし、その割には仏教寺院がとても多い。首都郊外の古都パタンは仏教寺院だらけだ。世界最大の仏塔とされるボダナート周辺には、小豆色の衣をまとったチベット僧も多く、上座部仏教の黄色い衣の僧侶も見かける。
 スワヤンブーナートは、ネパール仏教(ネワール族の仏教という意味でネワール仏教と表現されることもある)最高の聖地である。首都の小高い丘の上に建ち、街のどこからでも見通せる。野猿が出没する正面の長い階段を上がると、目玉が描かれた巨大な仏塔がそびえる。仏塔は、西暦五世紀の銘文もあるこの国最古の遺跡でもある。塔の周りには大乗仏教系の阿弥陀、大日、宝生、阿、不空成就など五如来の祠だけでなく、ヒンドゥー教に起源を持つ神々をも祀る。ヒンドゥー教の影響が強い密教であるネパール仏教の教義を象徴する。よく見ると、その仏塔の周りには、チベット仏教各派の寺院が取り囲み、さらに奥には上座部仏教の寺もある。ネパール仏教の聖地にチベット仏教やインド起源の上座部仏教寺院の共存を許すカトマンズ盆地の人々の柔らかな精神構造の反映がそこにある。
 不思議なことに、この国ではネパール仏教の僧侶なるものに出会うことがない。ヒンドゥー教の行者やチベット仏教の僧侶には会うことがあっても、この国固有の仏教僧に出会わない。実はこの国の仏教はヒンドゥー教の影響でカースト制度を受け入れ在家化して、出家者はいない。儀式を司る司祭は一定のカースト出身しかなれず、剃髪も出家もしない。結婚し一般家庭にすみ、飲酒肉食自由である。仏教僧に出会わないのではなく、それとは分からないだけなのだ。
 日本人が結婚式を神式で、葬儀を仏式で行うことに何ら不思議を感じないと同様、ネパール仏教徒もまた、ヒンズー教、仏教双方の儀礼で祈り、双方の司祭に儀式を依頼することにも矛盾が無い。異質なものの矛盾無き同居、日本人がインドから国境越えでこの国にはいると、一様にどこかホッとし、カトマンズの街の国際性に安堵するのも案外この辺に原因があるのかもしれない。

アンナプルナを望む(プーンヒル)

結婚式の楽隊たち(カトマンズ郊外)

巡礼メモ

 カトマンズへは、関西空港から週二便、直行便が飛ぶ(ロイヤル・ネパール航空)。また、バンコク、シンガポールなどでの乗り継ぎも便利。市内には多くの宿泊施設があり、観光地も非常に多い。