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タイ

プラサート・ピマイ寺院(コーラート郊外)
亜州古寺巡礼
My Pilgrim’s Note for Asian BuddhismTemples

 タイ・バンコクの国際空港・ドンムアン空港が大好きだ。シンガポールのチャンギー空港と並び世界中のフライトが集まるアジアのハブ空港である。搭乗を待ちながら辺りを見回していると、実に雑多な人が集っているのがわかる。ターバン姿のインド・シーク教徒、ビーチリゾートを楽しんで真っ赤に日焼けしたオーストラリアの一家、ロシアからは黒革のオーバーを着たままのビジネスマン、それぞれの個性を主張している。
 発展途上国の空港では、空港にいること自体がステータスだ。お金持ちは高慢に見え、貧しい庶民が迷い込もうものならつい卑屈にさせる。逆にロンドンのヒースロー空港、ニューヨークのケネディ空港あたりだと、今度は貧しい国のお金持ちが、身を縮める。
 ドンムアン空港は、どちらとも違う。様々な人々が、自ら育った文化や宗教を、素直に出せる雰囲気が漂う。シーク教徒でも、クリスチャンでも、ムスリムでもタイ特有の微笑とともに合掌のあいさつをされると、心底ほっとした顔をする。外国人に対する疎外感は微塵もない。
 タイの人々にとってお寺は生活そのものだ。修行僧に布施を施すことこそ、ピーという名で知られる悪霊を鎮め、幸福をもたらすと堅く信じられている。早起きして通りに出ると、この国ではいたるところで托鉢の風景に出会う。黄色い僧衣をまとった僧侶の集団に、人々がご飯などを布施している光景が日常だ。施すという行為に隠されている心の優しさが、タイ人の不思議な微笑みを創り出しているのだろうか。それとも、他との違いを認め、許し合うという仏教の教えが、タイの人々の心の底にあるのだろうか。何十回も通ったタイの空港で、いつもそんな想いにとらわれる。
 東北タイのコーラートの街郊外に、クメール系の大乗仏教遺跡があると聞いて、一昔前のことだがお参りしたことがある。ひと月以上この国にいて、お釈迦さまオンパレードのタイの仏教に少し飽いていた。たまには、菩薩や如来さまが列をなす大乗仏教の仏さまに会いたくなった。高速バスで5時間、コラートの街におり、それからバスで小一時間、小さなピマイの町に降り立った。「小さなアンコールワット」と表現できようか。本家とは規模が違うが、それでも二百メートルをこす石の回廊に囲まれた、高さ二十八メートルの祠堂がそびえていた。案内板には、タイのクメール遺跡では最大とあった。細部をじっと見ると、やはり仏教とヒンズー教が入り交じった構成になっている。ビシュヌやガルーダなどヒンズーの神さまがあると思えば、すぐ隣にお釈迦さまの前世の物語であるジャータカの仏伝絵巻が石に彫り込まれている。十二世紀に建立されてずっと、ヒンズーの神と仏教の仏は共存していたのだと思う。
 他の存在を認めず非寛容で、あれかこれかを迫るのは、砂漠で生まれたキリスト教やイスラム、そしてユダヤの神さまだけなのだ。アジアの神仏は、みんなおおらかに共存していたんだ、そう思うとうれしくなってきた。
 寺を辞したら、夕暮れが迫っていた。バス停までとぼとぼ歩くと、巨大な夕日があった。乾燥した大地に、涼風が吹いた。黄衣の坊さんが、小僧に巨大な傘をささせて前屈みになって歩いていた。

タイはゆったりとした時が流れる(アユタヤ)

仏に祈る(スコタイ)

経を読む僧侶たち(バンコク)

巡礼メモ

 タイ・バンコクまでは成田、関空ほか各国際空港に定期便が就航。安いチケットだと5万円台と気軽にいける。ピマイ最寄りのコーラート(ナコンラチャシマ)空港まで飛行機で1時間弱。バスでも最速4時間で着く。