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寺だより「MOYAi」
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●居場所作り活動その2

 「佐賀の夜回り先生」こと佐賀県警少年課警部補の桑原さん。居場所を失い、「非行」に走る少年少女からひっきりなしに相談を受け、そんな思春期の子どもたちと同じ目線の高さで活動し、絶大な信頼をおかれる。そんな桑原さんからの依頼で、専称寺を「居場所作り活動」の場として提供し始めて2年目◆ことしも1月に1泊2日、「家出」を繰り返す女の子や「虐待」に苦しむ少女、少年施設から出てきた子どもたちが、佐賀大学や多久市のボランティアと一緒に寺で過ごした。寺の厨房と裏庭で、お釜にマキで湯を沸かし、餅米を洗って臼で餅つき。餅取り粉の投げ合いが始まった◆「不良」と呼ばれた少年たちも、元非行少女で今はボランティアで相談相手のスタッフも県警の刑事も地域のボランティアも、粉で真っ白。お寺の二日間で人は縁のなかで生きていると実感してくれればうれしいのだが。
(住職・川副春海)vol.56掲載
●伝統的家族の崩壊

 2005年の国勢調査で、単独所帯、二人所帯があわせて五割を超えた。「おひとりさま」という言葉が流行している。いうまでもなく一人で暮らす人たちの総称だ。昨年、75万組のカップルが婚姻届を提出して、25万組が離婚した。65歳以上の高齢者で、子どもと同居している割合は、5割を切った。3世代同居は全所帯の3割に過ぎない◆相互扶助を前提とした伝統的な家族が、すでに崩壊したといえる。家族は核分裂を繰り返し、世代間伝承が難しくなった。おふくろの味、我が家の味という食卓の風景が、過去のものとなっている。小学校5年生への調査(NHK)で、朝食、給食(昼食)、夕食で一番楽しみにしている食事は?という問いに、給食と答えた子どもが4割に上った◆どんなに家族の形が変わろうとも、親と子の絆、縁は不変ではないか。父母と娘、息子の関わりは、すべての人間に普遍として存在するのではないか。私たちがお仏壇に手を合わせ、父母の位牌にぬかずく意味がそこにあると思う。
(住職・川副春海)vol.55掲載
●monohanako

 先日、唐津市の山中にあるmonohanakoと名付けられた焼き物の工房を訪れた。上場台地の深い森の中にあった。窯場の主は、中里花子さん(36歳)。展示スペースには白と黒だけのシンプルな食器、和でもない洋でもない独創的な意匠の作品が並んでいた。白系(白磁でも粉引唐津でもない)は磁器、黒系(当然黒唐津ともいえない)は陶器という伝統的な発想から超然とした、こだわりのない作品。しかも、monohanakoという名のブランドを、焼き物の世界で展開している◆花子さんの祖父は人間国宝の中里無庵さん(故人)、父は世界的な活躍をする中里隆さん。高校時代からアメリカに留学し、美術を専攻。父親の元で修行し、その後欧米と唐津を行き来し、唐津焼の伝統とは一線を画し作陶を続けている◆和と洋の、伝統と現代の幸福な結合を、花子さんの作陶に感じた。お父さんともお祖父さんとも違う「日本を代表する陶芸家になるのではないか」そんなことを考えながら、神話的な窯場を後にした。
(住職・川副春海)vol.54掲載
●論語カルタ

 論語で「朝に道を聞かば」に続く言葉は? 「思うて学ばざれば」に続く言葉は? 儒教教育が盛んだった戦前派の方でも、なかなか思い出せないだろう。多久では、市内の大半の小中学生が間髪を入れず答える。それも百編もの孔子の言葉を◆二千五百年前に孔子の言葉をまとめた「論語」。300年前、孔子を祀った多久聖廟が建立され、多久と儒教の関係は深い。聖廟を管理する(財)孔子の里が、十数年前に「論語カルタ」と銘打って「百人一首」に倣って、上の句を詠み上げて、下の句を取るカルタを編集し発売した。財団には今も全国から、注文が舞い込む◆毎年1月には市内の小中学生が集まり、カルタ大会が開催される。子どもたちが、奥の深い論語の言葉を丸暗記し、上の句が読まれる瞬間、下の句の札をとる。子どもたちも長ずるにつれ、いつか孔子の教えを生活の糧として反芻することもあるかもしれない。「多久の雀は論語をさえずる」、この地ではこの言い伝えが今も生きている。
(住職・川副春海)vol.53掲載
●ブック・ギフト

 希望の本を私費留学生にプレゼントする「ブック・ギフト」という支援プログラムのお手伝いをした。浄土宗平和協会が主催する新事業だ。作文を提出すると、1万円以内2冊までというささやかなプレゼント、果たしてどれだけ応募してくれるのか心配だった。ふたを開けると、在京の大学院生から、日本語の勉強をはじめて間もない語学学校生まで75人もの応募があった◆先日、東京の大本山増上寺で、本の授与式があった。アジアを中心に各国からたくさんの留学生の姿があった。大殿での法要のあと、一人一人本を手渡した。本を受け取る顔がだれもが、すがすがしい。喜びを隠しきれない留学生もいた。本を手渡して、こちらが感動してしまった◆本を読まない学生、遊びのためのアルバイトとケータイに明け暮れる学生…。この国の学生に本をプレゼントするといって、どれだけの数が集まるだろうか。勉学のために仕事をしながら苦労して大学で学ぶアジアの留学生の素直な笑顔が、忘れられない。
(住職・川副春海)vol.52掲載
●自分探しの場

 家出や虐待、自傷行為など心に「傷」を負った子どもたちが合宿し、話し合う場「居場所作り」の活動(佐賀県警主催)が九月、専称寺で行われた。十人ほどの少女たちが、大学生や地元の支援のボランティアと共に、夜を徹して語り合った。お寺の厨房でカレーを作り、寺の境内などで夜「肝試し」に歓声を上げ、早朝には勤行に参列した◆人は生まれる環境を選ぶことはできない。親も故郷も「いただいたもの」だ。与えていただいたものの中で生きる宿命を背負う。しかし、人は人とつながって生きることができる。つながり(縁)のなかで、自分を探すことができる。自らの傷を人と共有できてこそ、人と人との縁が深まる◆ある参加者は、この合宿によって高校を退学することを思いとどまることにしたという。深夜、終わることがなかった子どもたちの会話に何があったのか知らない。お寺という「場」が少女たちの意識変化に少しお手伝いできたのかもしれない。そうであれば嬉しいことだ。
(住職・川副春海)vol.51掲載

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